重度心身障害児の体にメスを入れる経験
私は若手の頃、県の小児病院に1年間出向しています。その小児病院にはいろいろな特色がありましたが、もっとも大学病院と異なっていたのは、重度心身障害児の外科治療を積極的に行うことでした。重度心身障害児とは、寝たきり、あるいは座位までが可能で、知能指数(IQ)は35以下と定義されます。IQ35とは、「読み書き・計算が不可能で、言語がやや可能」という状態です。
重度心身障害児は長期に臥床しているため、関節の拘縮が起こり、側弯症を伴うことがしばしばあります。そして胃食道逆流という症状が起こり、胃酸や胃の中の栄養剤を頻繁に嘔吐します。この結果、誤嚥性肺炎を起こしたり、食道炎になって吐血をくり返したりします。
重度心身障害児の体にメスを入れるということは、私が医師になった1987年頃には全国でもあまり行われていませんでした。県の小児病院ではそうした経験を少しずつ積み上げていっていました。そんなときに私は赴任したのでした。
医師の葛藤は手術前から始まっている
胃食道逆流を止めるためには、手術によって、胃袋の上部を食道の周囲にぐるっと一周巻いて固定してしまいます。すると胃の中に水分や栄養剤が満ちると、胃が食道を圧迫するので嘔吐が止まるという理屈です。私は上司の医師に指導していただき、何例もこの手術を行いました。
手術自体はとりわけ難しいということはありません。問題なのは手術後です。麻酔と手術という大きな侵襲を受けると、重度心身障害児の体内では非常に強い炎症反応が起こり、場合によっては多臓器不全に近くなったりするのです。
したがって子どもたちは手術後は常に集中治療室(ICU)に入ります。ICUを運営していたのは麻酔科医でしたので、私は麻酔科の医師と共に術後管理に当たりました。お子さんによってはそのまま呼吸器から離脱できなくなり、在宅で人工呼吸器を使用するようになった患者もいました。そうなると気管切開が必要になりますので、もう一度手術が必要になります。重度心身障害児の体のメスを入れるというのは本当に命がけでした。しかし手術をめぐる医師の悩みや葛藤は手術前から始まっていることを、私はのちになって知りました。