記事内容自体はすぐに謝罪すべきとは思わないが…

小学館は抗議に素早く対応して謝ればそれで済むと考えたのではないか。しかし読者はそうは考えない。どうしてこうした記事が作られたのか、掲載前に編集部内でどんな議論があったのか、という疑問をもつ。

お詫びする以上、記事掲載までの経過を検証し、読者の疑問に答えるべきだ。電光石火で謝罪して幕引きにするのは良くない。検証とその公表は、今後、小学館が担うべき重要課題である。

繰り返すが、沙鴎一歩は記事内容自体はすぐに謝罪すべきとは思わない。東京社説などに批判された「怒りを抑えられない『韓国人という病理』」の記事も、「韓国で発表・報道された論文を基にしたもの」(週刊ポストの謝罪文)というではないか。

新潮社の月刊誌「新潮45」の休刊問題が影響か

なぜ小学館は電光石火の謝罪を行ったのか。

ここで思い出すのが、新潮社の月刊誌「新潮45」の休刊問題だ。新潮45が休刊に追い込まれた発端は、昨年8月号で杉田水脈みお衆院議員(自民)が「『LGBT』支援の度が過ぎる」という記事で、「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と書いていたことだった。

この記事には批判の声が多く寄せられ、新潮45は「真っ当な議論」をしようと、今度は昨年10月号に特別企画「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」という特集を掲載した。

そのなかで、文芸評論家の小川榮太郎氏がLGBTと痴漢症候群の男性を比べ、「後者の困苦こそ極めて根深かろう」と書いた。その結果、作家や文化人、書店などが次々と批判の声をあげ、事態は新潮社本社前での抗議行動にまで発展した。

結局、新潮社は昨年9月21日に社長が談話を出して謝罪し、4日後の25日に新潮45の休刊を発表した。

この問題は、昨年10月に「“極論”に走るメディアは自滅するしかない」との見出しを付けて取り上げている。