韓国大法院(最高裁)が元徴用工の賠償請求を認める判決を出したことが、日韓関係を揺るがせている。神戸大学大学院教授の木村幹氏は「日韓は関係を修復する意味を見いだせずにおり、世論にはあきらめの感情だけが拡大している。その結果、日韓関係は『安楽死』に近づく恐れがある」と警鐘を鳴らす――。

大きな影響を持った理由は「法的論理」

10月30日に出された韓国大法院の、いわゆる「徴用工」を巡る判決が、日韓関係を大きく揺るがせている。影響は日々、大きくなりつつあり、この問題が日韓関係に与えた影響は致命的なものになりつつある。

2018年10月31日、韓国最高裁が元徴用工の訴訟で、新日鉄住金に賠償を命じる判決を下したことを報じる31日付の韓国各紙(写真=時事通信フォト)

判決が大きな影響を持った理由はこの判決が採用した法的論理そのものにある。第一はこの判決が徴用工を巡る問題を、請求権協定の外に置いたことである。すなわち、同判決において韓国大法院は、請求権協定に至るまでの交渉過程において日本政府は朝鮮半島の植民地支配の違法性を認めることなく終始しており、それゆえに請求権協定には、日本政府および日本政府の施策に従い企業等が行った不法行為に伴う慰謝料は包含されていない、と主張した。すなわち、これにより韓国大法院が認める植民地期のあらゆる不法行為に伴う慰謝料は、請求権協定の外にあることが確定したことになる。

第二は、これと併せてこの判決が、「不法な植民地支配」という語を採用し、いわゆる植民地支配無効論の立場に実質的に立ったことである。これにより日本の植民地期における法行為はその大部分が「不法」なものとなり、結果、この不法行為に伴う慰謝料請求権は、当時を生きたほとんどの韓国人が有することとなる。すなわち、韓国大法院の判決は、植民地期を生きた韓国人の日本の植民地支配に伴う慰謝料の個人的請求権を、請求権協定の枠外としたのみならず、その不法行為の範囲を極めて広く認定することにより、広範な人々が日本による植民地支配に伴う慰謝料請求権を有することを実質的に認めたことになる。

慰安婦問題とは比べ物にならない影響

こうして見た時、この判決が有する影響が慰安婦問題を巡るものとは比べ物にならないほど大きいことがわかる。これまでの韓国の行政府や司法府は、慰安婦問題について、これが請求権協定について(本格的に)議論されていなかったことを理由に、サハリン残留韓国人問題と韓国人被爆者問題と並ぶ、請求権協定の「例外」として処理してきた。すなわち、そこでは慰安婦問題に関わる状況が請求権協定に全般に広がらないようにする配慮があり、事実、慰安婦問題の激化によっても、請求権協定そのものが揺らぐことはなかった。

しかしながら、今回の徴用工に関わる韓国大法院の判決は、幅広い人々に幅広い範囲での慰謝料請求権を認めることにより、事実上、請求権協定を骨抜きにすることとなっている。残る制限はもはや韓国裁判所の管轄権を巡る問題だけであり、仮に進んで韓国の司法部が自らの手で日本政府への訴訟を処理することを認めたり、あるいは徴用工問題で日本企業の韓国法人を訴えることを認めたように、韓国内の日本政府関係機関を相手に行う訴訟を処理することを認めたりすれば、一挙に民間企業のみならず実質的に日本政府をも相手取った訴訟も可能になる法論理構成になっている。