「答えのない問題」に立ち向かう人材を育成

建学の精神、理想の人物像として掲げる「三理想」があり、1.東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物、2.世界に雄飛するにたえる人物、3.自ら調べ自ら考える力ある人物、とする。創立前に欧米視察をした一木校長が、日本の文明的遅れに危機感を抱き、世界に互する人物を作ろうと掲げたものだった。

戦後に学校教育法が施行され、48年に新制の武蔵高校が、49年に武蔵中学が発足。今に通じる自由な校風へと転換していく。なお、2000年には高校入試を廃止し、完全中高一貫校となった。

田中氏はこれからの教育に、武蔵の教えは普遍性があるのではないかと語る。「これからの日本は、答えのない問題に立ち向かえる人材を必要としています。武蔵中学の入試は、明確な答えのない、考えさせる問題が出題されることで有名ですが、これからの人材育成に適しているのではないでしょうか。これは早稲田大学の教育に通じることで、大学でも自由な校風の中、多様性ある人材を育てたい」と語る。

奇しくも、現在の東京大学総長の五神真(ごのかみ・まこと)氏(76年卒)、東京工業大学前学長の三島良直氏(68年卒)も武蔵OBで、明治学院大学学長の松原康雄氏は田中氏と同期だ。田中氏は、「本当の学問や現実社会には正解のない問題が多い。武蔵中学・高校で自ら考える力を養ったことは、教育者として生きる上でも重要だったと思います」と語ってくれた。

大手塾でE判定でも合格できた謎

ヒップホップミュージシャンとして活躍するダースレイダー氏(本名・和田礼。96年卒)は、1977年にフランス・パリで生まれ、その後ロンドンで暮らす。帰国したのは10歳の時だ。ちなみに父親は朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任し、テレビ朝日系「ニュースステーション」でコメンテーターも務めた和田俊氏である。

帰国後に転入した私立小学校では伸び伸びと過ごせたが、小学5年時に「いずれ大学に通うだろうし、どうせ行くならトップの東京大学を目指したい」と思ったという。東大に行くとなると、それなりの進学校を目指さなければならない。親に聞けば、“御三家”と呼ばれる中高一貫校の開成、麻布、武蔵が有利だという。文化祭など学校開放日に見て回った結果、「制服がない」武蔵中学にかれた。しかしその夏休みに大手学習塾の模試を受けてみるも、その結果は、「合格の可能性がほとんどないE判定で入塾すらかなわなかった。小5の夏から中学受験の準備をするなど遅すぎてありえないのです」。

それでも別の塾に通って勉強に励み、武蔵ならではの試験によって合格を果たす。