(1)相手に情報が不足している

自分が興した会社でCEOを務めている受講生が、元社員、デイブとの紛争に巻き込まれた。デイブは、会社を辞める数カ月前に行った仕事に対する売り上げ歩合として、会社は13万ドル支払う義務があると主張していた。CEOは、この主張にはまったく根拠がないと思っていた。

CEOによれば、混乱の原因はこうである。デイブが解雇された時期、会社の会計システムは混乱をきわめ、ずさんな記録しかつけていなかった。その後会社は新しい会計士を雇って会計記録を整理した。整理後の記録は、デイブが実際には2万5000ドル余分に支払いを受けていたことを示していた。請求する権利があるのは会社のほうだった。

紛争を友好的に解決して費用のかかる裁判を避けたいと思ったCEOは、デイブに電話して会計記録の内容を説明し、そのコピーを送ると申し出た。会社は裁判に関心はないが、もしも裁判になったら間違いなく会社が勝って払い過ぎの2万5000ドルを回収できるだろうということも伝えた。そして最後に、デイブが訴訟を取りやめることに同意すれば、会社は超過払いを帳消しにすると申し出た。

デイブの反応は「裁判所で会いましょう」だった。

CEOはすっかり困惑した。勝つ見込みはまったくないのに、彼はなぜそのような行動をとろうとしたのだろう。問題は不合理さではなく信頼できる情報の欠如だった。CEOにはデイブに勝ち目がないことがわかっていたが、デイブは会社の会計記録を信用していなかったので、自分に理があるとまだ確信していたのだ。

私はこのCEOに、会計事務所から第3者の監査人を派遣してもらい、その監査結果をデイブに送るようアドバイスした。この情報を手にすることで、勝訴の可能性についてのデイブの読みが変わり、彼は交渉のテーブルにつくはずだと読んでいる。

交渉では、相手の不合理さと見えるものが実際には情報不足に由来していることがある。相手にとって明らかに有利な(少なくとも交渉が決裂した場合の相手の代替案よりは)オファーを相手が蹴ったとしても、その相手を不合理と決めつけてはいけない。それよりも、なぜその取引を拒否すべきではないのかを相手が確実に理解するように持っていこう。