結婚なんて常に格差婚

たとえば、トップ女優と結婚した芸人は、往々にして格差を感じています。世間がそういうからなのでしょうが、いずれにしても頑張っているように見えます。格差が広がらないように努力し、より売れっ子になり、誰にも文句をいわせないくらいの活躍をする。

そうすると、相手のトップ女優からすれば夫である芸人を認めざるを得ません。もちろん結婚するからには、トップ女優だって相手を認めているのでしょう。でも、一般論としていうなら、いや私がトップ女優なら、やはり最初は上の立場にあるような気持ちでいるはずです。ここは誤解しないでいただきたいのですが、あくまで私がもしそうならということです。

でもそのとき、相手が頑張っているのを感じることができれば、私はただ純粋に敬意を表すでしょう。そうしてはじめて、心から対等であることを認識し、世間の声なんて無視して幸せに生きていくにちがいありません。

ただし、誰と結婚しようと、最初から何もかもが対等ということはあり得ないでしょう。家柄だって多少は違うでしょうし、容姿だってどちらかのほうが一般的に上だとかいう評価はあるはずです。あるいは、どっちのほうが学歴が上だとか、キャリアがどうだとか。

つまり、純粋に対等な立場での結婚なんてあり得ないのです。あえていうなら、結婚なんて常に格差婚なわけです。だからこそ、そんな中でいかにして真に対等な関係を築いていくかが問われてくるのです。

老夫婦の晩年が幸せそうな理由

※写真はイメージです(写真=iStock.com/FredFroese)

結婚生活とは、ヘーゲルのいう主人と奴隷の弁証法の過程なのかもしれません。夫婦間でどちらが主人でどちらが奴隷なのかは、状況によるでしょう。あるいは、事柄によって変わってくるのかもしれません。収入は夫が上で妻が下、容姿は妻が上で夫が下、学歴は夫が上で妻が下、家柄は妻が上で夫が下……。比較する要素は無数にあります。

その無数の要素のそれぞれについて、承認をめぐる闘争を日々繰り返し、やがて本当に対等なお互いを認めあえる夫婦になっていく。結婚とはそういうものであるべきだと思います。年老いた夫婦を想像してみてください。それまでずっとケンカばかりしてきたけれど、まるで戦友のようにお互いを理解し合い、お互いの愛と努力に感謝して晩年を過ごすのは、そうした理由からだと思います。

山里亮太さんと蒼井優さんのお二人が、時にはケンカもしながら、素敵な結婚生活を送られることを心からお祈りしております。