▼隠語・業界用語編
病院内で交わされる意味不明な言葉の数々
【ステる】

ドイツ語で「死亡する」を意味するステルベンの略語です。医者としても患者さんが亡くなるのは辛いものです。医療スタッフ同士でも婉曲な表現を使うことで、言う側も聞く側もそうした気分を和らげたい思いがあります。また、万一ご本人やほかの患者さんに聞こえても、意味がわからないようにする意図もあります。間もなく亡くなりそう、というのは、高レベルの個人情報ですから。もっとも、患者さんの耳に入る可能性がある場所で、そんなことを話すのはどうかと思いますが。(中山医師)

【エッセン】

「食べる」というドイツ語の動詞に由来する言葉で、食事のことです。かつてはよく使われていたようで、今も70歳以上の先生がちょっと気取って言ったりしますが、私は恥ずかしくて使いませんね。ただ、こういう言葉を使う習慣があった背景には、患者さんの前で「食事に行ってくる」とは言いづらいという事情があったのでしょう。医者だって食事を取るのは当たり前なんですが、病気で苦しんでいる患者さんに気を使っているわけです。(奥仲医師)

【カンファ】

カンファレンスの略です。医師が出席するものは、大小さまざまな会議やミーティングをすべてカンファと呼びます。「これからカンファ行ってくる」という具合に、ごく日常的に使います。ただし、病院の経営会議のように事務方のスタッフも入るものは、「会議」と呼ぶことが多いです。(中山医師)

【BSC/DNR】

BSCは「ベスト・サポーティブ・ケア(Best Supportive Care)」のことです。がん患者に対して、効果的な治療が残されていない場合に、抗がん剤などの積極的な治療は行わず、症状を和らげる治療に徹することを指します。ただし、たとえ末期がんだからといって「何もしない」のではありません。身体的な苦痛を軽減して、生活の質を高めようという意味が込められています。DNRのほうはDo Not Resuscitateの略で、Resuscitateとは「蘇生する」という意味です。心停止に至っても心肺蘇生を行わないことを指します。あらかじめDNRの意思表示があった場合、容態が急変しても挿管したりせず、「◯◯さんはDNRだから、そのままお看取りしましょう」となります。看護師にとっても大事な言葉ですね。(奥仲医師)

【エント(ENT)】

退院するという意味の「エントラッセン」を略した形です。これもまたドイツ語由来です。カルテには「ENT」と書きます。一般的に、患者さんは退院したがらないものです。特にご高齢になるとその傾向が強く、ご家族からも「あと3日ぐらい置いておいてもらえませんか」などと言われることも多い。でも、日本中の病院でそれをやっていたら、医療費が膨大に膨らんでしまう。やはり、医学的に必要なくなったら退院してもらうべきなんです。患者本人もご家族も渋るところを、なんとか説得して帰っていただくという場面が結構あります。(中山医師)

【ゲバルティッヒ】

「乱暴な」という意味のドイツ語です。例えば、術後に抜糸するときに勢いよく引っ張りすぎて、患者さんに「痛いっ!」なんて言わせた場合、「ちょっとそれ、ゲバルティッヒだよ」という具合に使います。あるいは、もっと大胆に処置したほうがいいのに、妙に慎重になっている若手に、「もっとゲバルティッヒにやっていいからさ」などと声をかけることも。相当マニアックな言葉ですが、年長の外科医だったら知っていると思います。(中山医師)

奥仲哲弥
医師
山王病院副院長、国際医療福祉大学医学部呼吸器外科学教授。東京医科大学医学部を卒業後、同大学第一外科講師を経て現職。専門は肺がんの外科治療、レーザー治療。
 

中山祐次郎
医師
鹿児島大学医学部卒業。都立駒込病院で研修後、同院大腸外科医師(非常勤)として10年勤務。福島県高野病院院長を務めた後、福島県郡山市の総合南東北病院外科医長として勤務。
 

松井宏夫
医学ジャーナリスト
中央大学卒業。「週刊サンケイ」記者を経てフリーに。名医本のパイオニアとして著名。日本医学ジャーナリスト協会副会長、東邦大学医学部客員教授を務める。
 
(構成=小島 和子 撮影=大沢尚芳、山内義文 写真=iStock.com)
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