▼別れ際編
診察終わりに付け足される「締め言葉」
「しばらく様子を見ましょう」
「様子を見る」という言葉は、実は医者にとっては専門的な意味があります。決して何もしないで放置というわけではなく、「経過観察をする」という選択をしたときに使う言葉です。もし、体に重大な異変が起きていたら、症状が自然に消えることはなく、続くか次第に悪くなることがほとんどです。そこで、1週間なり2週間なり、時間の経過とともに症状がどうなるかを見て、病原をつきとめます。つまり、時間という因子を1つの検査のように使うわけです。
「様子を見ましょう」と言われて、どこか突き放されているように感じるとしたら、症状の捉え方について、患者と医者の間にギャップがあるためですね。例えば肩こりが死ぬほど辛いといって来院しても、医者から見たら「大したことないな」ということも多い。患者さんが辛そうだからといって、その不安に寄り添ってあまりにも時間をかけていたら、ほかの患者さんを長時間待たせることになりますし、診察できる人数が極端に減れば病院経営も逼迫します。そうした事情もあり、医学的な深刻さを優先せざるをえないのが現状です。(中山医師)
「心配いりません」
本当に心配ないときには確かによく言うセリフです。例えば、手術をして2週間目に、切開した場所がチクチク痛むと訴える方がいますが、それは当たり前です。そんなときは「心配いりません」と言うしかないのですが、痛みに弱い方には「なんて冷たい医者なんだ!」と思われてしまいます。今は胸腔鏡を使いますから、肺がんの手術でも皮膚切開は5cm程度です。以前は30cmも切っていましたから、確かに当時は術後も痛かっただろうと想像がつきます。それと比べれば、今はずいぶん軽減されました。(奥仲医師)
私の知っている心臓外科の先生も、手術の前には患者さんに「心配いりません」と声をかけています。リスクを伴わない手術はありませんから、患者さんは誰しも不安でいっぱいです。でも同じような手術を何千例とこなしてきたその先生は、平易な言葉でイラストも交えながら手術概要を説明し、最後に「心配いりません」と言っています。だから患者さんも納得できるんです。でも、これがまだ5年程度の経験しかない駆け出しの若い医師に言われたら、「本当かな?」という気がしてしまいます。(医学ジャーナリストの松井宏夫氏)
「とりあえず薬を出しましょう」
「とりあえず」という言葉がたぶん気になるのでしょうね。日本人は薬を処方されるのが大好きで、「ただの風邪だから、家でゆっくり3日ぐらい寝てなさい」と言っても、「冗談じゃない」と怒る人さえいます。そのため、本来は必要ないと思いつつ、医者はいやいや薬を出すこともあります。「とりあえず」の裏にはそんな気分があることもありますね。薬をほしがる人が多いのは、健康保険制度のためです。今のように3割負担ではなく全額自費だったら、「薬はいりません」と言う人もたくさん出てくると思います。(奥仲医師)
例えば早期の肺がんの症状に乾いた咳をするというのがありますが、単なる風邪と区別がつきにくい。その場合、医師は肺がんの可能性も念頭に起きつつ、咳止めの薬を「とりあえず」出す。それで回復すればいいですし、よくならなければ、いよいよ肺がんを疑って改めて診察したり、大きな病院を紹介したりします。最初の薬でよくならないと、「あの医者はヤブだ」と思って別のクリニックに行ってしまう人が意外と多い。するとまた、「とりあえず薬を」となってしまい、なかなか正しい診断に辿り着けません。(松井氏)