こうした背景には、政府が公的年金の支給開始年齢を引き上げるにあたり、企業に雇用確保を求めてきたという事情が影響している。年金制度改革により、老齢厚生年金の定額部分は2001年度から2012年度にかけて60歳から65歳に段階的に引き上げられ、報酬比例部分についても2013年度から段階的に、支給開始年齢を65歳に引き上げていくことが決まった。

これに呼応して、2000年に高年齢者雇用安定法が改正され、定年後再雇用を中心とした「高年齢者雇用確保措置」が事業主の努力義務(後に義務化)とされた。当時の日本経済は不況で企業には余剰人員があった時期であり、政府は実効性を考え、企業が非正規雇用への切り替えで賃金を大きく減らすことを許容したのである。企業は経営的必要性よりも、政策的必要性からシニアの雇用確保を求められたわけであり、60歳代前半期の雇用は「福祉的雇用」というべき形で進められてきた。

こうした点を踏まえれば、政府が70歳までの就業を目指すことは大いに賛同できるが、それを雇用確保措置の延長を企業に強要することで実現するようなことは、避けなければならないことが明らかである。

「シニアの戦力化」と「組織の若返り」というディレンマ

もっとも、その後景気が回復し、人口減少も進むことで人手不足が深刻になり、シニアの労働力に頼らなければ、多くの職場は回らなくなってきている。今後を展望すると、人口減少とともに急激な高齢化が進むため、労働者に占めるシニアの割合は一層高まっていく。

労働政策研究・研修機構の推計では、2025年に60歳以上の就業者は1376万に増加し、彼らは職場の5人に1人以上を占めることが予想されている(※2)。そうした状況になると、シニアが「福祉的雇用」の扱いでは職場全体のモラールが持たなくなる。60歳以上のシニアも「戦力化」することが不可欠になっている。

ただし、ここで悩ましいのはシニアの活躍を進めると「組織の若返り」が問題になることだ。実際、60歳で非正規雇用への切り替えをせず、定年そのものを延長した企業では、この問題が一番の課題と認識されている(※3)。ではこうしたディレンマをどう解決すればいいのか。その有力な方策は、中高年層での転職を増やすことだ。必要とされる会社に移籍できるのであれば、それにより本人は「福祉的雇用」で“飼い殺し”にされることはなく、“年下の上司がかつての部下”というやりにくさも避けられる。

ここで注目したいのは、転職経験がある人の方が、60歳後半期以降に働くケースが多くなることだ(※4)。そもそも事業環境の変化が速くなり、会社や事業の「寿命」自体が短くなる傾向にある一方、個人の就業する年数が増えるのだから、同じ企業で働くことが難しくなるのは当たり前といえよう。

これからは、一企業での雇用確保ではなく、社会全体での雇用確保の発想で、企業の壁を超えたジョブマッチングと能力・成果と処遇の一致を図っていく必要がある。つまり、シニアの活躍には、終身雇用・年功制を軸とする日本型雇用の在り方の見直しが避けて通れないのである。

(※1)労働政策研究・研修機構(2016)「高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)」によれば、60歳代前半層の継続雇用者の仕事内容については、「定年前(60歳頃)とまったく同じ仕事」とする企業割合が39.5%、「定年前(60歳頃)と同じ仕事であるが、責任の重さが変わる」が40.5%になっている。
(※2)2019年1月15日開催の厚生労働省「雇用政策研究会」に提出された労働政策研究・研修機構「労働力需給推計研究会」による推計の「経済成長と労働参加が一定程度進むケース」。
(※3)高齢・障害・求職者雇用支援機構『定年延長、本当のところ』に掲載されている「定年延長実施企業調査」(調査時点2017.12.15~2018.1.26)によれば、定年延長後の課題として、34.1%の企業が「組織の若返り」を指摘しており、回答選択肢のうち最も高い割合になっている。ちなみに2位は「65歳以上の雇用」で26.4%。
(※4)労働政策研究・研修機構「中高年者の転職・再就職調査」(調査時点2015.1.22‐2.23)によれば、65歳以上の男性の就業率は、64歳以下で転職経験のある人の40.5%になっているのに対し、転職経験のない人の場合は26.5%にとどまる。女性でも転職経験ありの就業率が31.5%に対し、なしが19.2%にとどまる。