「家からスーパーに来た」記憶を失う
近所のスーパーに行って帰り道がわからなくなったのは、よく知っている場所で迷うということであり、サービスエリアで迷子になるよりも重い症状です。ただ、家からスーパーへは行けたのに、なぜ同じ道を帰れなくなったのか、不思議ではないでしょうか。
Kさんは、家を出たときは「スーパーへ行こう」と思っていますし、毎日のように通って道順が長期記憶に保存されていますから、意識しなくても自動的に歩いて行くことができたのです。ところが、スーパーに着いて店内を歩いているうちに、「家からスーパーに来た」という直近の記憶が失われて、自分が置かれている状況がわからなくなったのです。
私たちは、「周りを見れば、そこがスーパーだとわかるはずだ」と思います。しかしKさんには、そこがスーパーだということが、わかりませんでした。人が大勢いて物がたくさんあるスーパーは、認知機能の低下したKさんにとっては、情報量が多すぎるのです。そのため、たくさんの情報の中から必要なものだけを取り出し、それらを関連づけて判断することができなかったのです。
人に道を聞けるのは認知に余裕があるから
この状況をKさんの視点で見れば、突然頭が真っ白になって、「ここはどこ?」となったわけです。なぜ、自分がここにいるのかわからない。ここがどこなのかもわからない。周りにいる人が自分とどんな関係があるのかもわからない。とにかく、早く家に帰らなくては。そう思って外に出たものの、今いる場所がどこかわからないのですから、どっちに向かって歩き出せばいいかわかりません。
私たちならば、周囲を見回して、何か見知ったものはないか探すところですが、すでに認知資源を限界まで使ってしまっていて、そんな余裕はありません。
家に帰れなくなったKさんは、泣きたい気持ちだったと思います。子どもなら、座り込んで泣きじゃくるところですが、大人ですからそんなことはしません。なんとか自力で家に帰ろうとして、歩き回ったのでしょう。「誰かに道を聞けばいいのに」と思うのは、私たちの認知に余裕があるからです。Kさんには、それすら思う余裕がありません。
よく知った道で迷子になったと聞けば、どうしてそんなことが起こるのだろうかと不思議になりますが、認知症の人の見ている世界は、私たちが見ている世界とは異なります。地図上の道で迷っているのではなく、認知上の道で迷っているのです。
大阪大学大学院人間科学研究科 臨床死生学・老年行動学研究分野 教授
1956年東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程を終え、東京都老人総合研究所研究員、明治学院大学文学部助教授、ドイツ連邦共和国マックスプランク人口学研究所上級客員研究員、明治学院大学心理学部教授を経て、現職。博士(医学)。前日本老年行動科学会会長、日本応用老年学会常任理事、日本老年社会科学会理事等を務める。著書に『ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす』(光文社新書)、『認知症「不可解な行動」には理由(ワケ)がある』(SB新書)など多数。