※本稿は、佐藤眞一『認知症の人の心の中はどうなっているのか?』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
バス旅行で迷子、スーパーの帰り道で保護
Kさんは、夫を亡くしてから一人暮らしをしています。近所に住む息子とその妻が、ときおり様子を見に行っていますが、その際に冷蔵庫をチェックすると、同じ瓶詰めが何本も入っていたり、同じ漬け物が何パックもあったりします。賞味期限が切れているものは持ち帰って捨てるようにしていますが、古いものを食べて食中毒でも起こしたらと、気が気ではありません。
「物忘れも多くなったし、そろそろ一緒に暮らした方がいいだろうか?」と夫婦で話したその直後、老人会で行ったバス旅行のトイレ休憩中に、Kさんがサービスエリアで迷子になっていたことがわかりました。
さらに、近所のスーパーへ買い物に行って帰り道がわからなくなり、歩き回っているところを保護されるという事件も起こりました。
高齢者がトイレットペーパーを買い込むワケ
なぜKさんがこのような行動をとるのか、その心の内を考えてみましょう。まず、同じものを何度も買うことですが、これは健常な中高年にもよくあることです。
中高年は生活のスタイルが固定していて、使う日用品や食料品が決まっています。そのため、「いつも使うあれがないと困る」という思いがあって、たびたび買ってしまうのです。家に戻って同じものがあるのを見れば、「あ、買い置きがあった」と思うのですが、しばらくするとまた買ってしまいます。その日用品や食品が常に家にあることが、当人にはとても大事だからです。
たとえば、高齢者の中にはトイレットペーパーを大量に買い込んでいる人がいます。1970年代に起こったオイルショックの際、トイレットペーパーが手に入らなくなり、長時間並んでやっと買ったという経験をしたためでしょう。スーパーやドラッグストアにトイレットペーパーが積んであるのを見るたびに、「あるときに買っておかなくては」という気持ちが働いて、つい買ってしまうのです。
Kさんの場合、瓶詰めや漬け物はご飯を食べるために欠かせない、いわばおいしさを感じるための必需品なのです。ご飯のときに「ないと困る」と思うから買うわけで、その行為自体を止める必要はありません。「どうして同じものをいくつも買うの!」などと叱責せずに、これまで通り冷蔵庫をチェックして、古いものは捨てておけばいいでしょう。