仕事を抱え込んで身動きが取れなくなる人は、なぜダメなのか?

常に何かに追われるように仕事をし、そうしていなければ安心できない。そんなときに思い起こされるのが「われわれは、自然を強制すべきではなくて、自然に服従すべきである」という古代ギリシャの哲学者エピクロスの言葉だ。

「彼は、幸福になるためには快楽主義であれといいます。彼のいう快楽とはあくまでも官能的快楽ではなく、『肉体において苦しまないことと、魂において混濁しないこと』なのです」(小川准教授)

つまり、体と心の健康が大切ということだ。仕事に追われる日々では、どちらも害しかねない。

「人は流れに身を任せて生きたほうがいいのです。エピクロスも人間は生物的本能に基づき、自然の摂理に従うことが快楽、幸福につながるといいます」(同)

そうはいっても、人間には理性というブレーキがある。

「人の心は理性と感性から成り、理性は論理的な思考・判断に、感性は本能に基づきます。人間は必ずしも理性だけで物事を判断しているわけではなく、感性による判断もありえます」(同)

実は脳科学の世界でも、同様なことが明らかになりつつある。池谷教授によれば、たとえば人が走り出す際には、その意志が芽生える前に、脳が活動を始めている。つまり、脳がまず行動の準備を始め、その後に「走ろう」といった感情が生まれる。池谷教授は、その仕組みを「反射」と表現する。反射は、その場の環境と、本人の知識や過去の経験で事前に脳で決まり、人はその脳という「自動判定装置」に基づいて行動する。

「自動判定装置が正しい反射をするか否かは、本人が過去にどれだけよい経験をしてきたかに依存します。だから私は『よく生きる』ことは『よい経験をする』ことだと考えています」

そう語る池谷教授の「よい経験」とは、仕事でも学問でも自分が真にやりたいことと、そのための努力である。小川准教授も「自分が望んだことなら、すべてがよい経験になり、それによって感性も磨かれて、よりよい人生へとつながっていくでしょう」と話す。

小川仁志
山口大学 国際総合科学部 准教授
1970年、京都府生まれ。哲学者。京都大学法学部卒業、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。商社マン、フリーター、公務員を経て哲学者に。「哲学カフェ」を主宰し、市民のための哲学を実践。『絶対幸せになれるたった10の条件』『ピカソ思考』など著書多数。
 

池谷裕二
東京大学 薬学部 教授
1970年、静岡県生まれ。記憶のメカニズム解明の一端として「脳の可塑性の探求」を研究テーマとして、2012年に脳内の神経細胞同士の結合部形成の仕組みを突き止めて米科学誌「サイエンス」に発表。日本が世界に誇る脳科学者。『脳には妙なクセがある』をはじめ著書多数。
 
(撮影=石橋素幸、小田駿一 写真=iStock.com)
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