「AIが人間の代わりに資産運用をする」という金融商品が登場している。こうした商品はどこまで評価できるのか。ファイナンス理論に詳しい一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏は「AIを利用しても人々が高い収益を継続的に得ることはできない。『AIを使う投資信託やファンドだから収益が高い』という宣伝文句には注意が必要だ」と警鐘を鳴らす――。

※本稿は、野口悠紀雄『入門 AIと金融の未来』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。

AIで株価を予測する試み

注目を集めているのは、TwitterなどのSNSのデータから市場の現在の状況を示すと考えられる指標を算出し、それを用いて株価などを予測しようとする試みです。具体的な研究としては、次のようなものがあります。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/PhonlamaiPhoto)

インディアナ大学のジョハン・ボーレンらは、SNSのデータ分析によって株価の予測ができるという論文を、2010年にJournal of Computational Science誌に発表しました。

Twitterからデータをランダムに抽出して、感情的な単語がどのくらい出てくるかを示す「センチメント」という指標を算出します。すると、3日後までのダウ平均株価指数を87%の確率で予測できるというのが論文の結論です。

なお、同様の分析は、他にもあります。例えば、ソーシャルメディアから算出したセンチメント指数によって、スターバックス、コカ・コーラ、ナイキの株価の変動が予測できるとの論文があります。

ウエブサイトへのアクセスログ、Google等の検索エンジンにおける検索のトレンド、GPSによる位置情報、気象情報などを用いようとする試みもあります。また、映像データなどの大量の非構造化データを用いれば予測の精度を上げられる、という考えもあります。

さらに、ウエブクローリング(ウエブサイトからの自動的なデータ収集)によって取得したデータや、スマートフォンで撮影した画像から情報を取得する試みもあります。

AIとビッグデータを用いるファンドの成績

ポール・ホーティンは、前述したジョハン・ボーレンらの論文に刺激され、Twitter情報に基づいて運用するファンドであるDerwent Capital Marketsを2011年に立ち上げました。しかし、パフォーマンスは思わしくなく、2012年にファンドは閉鎖されました。

また、カリフォルニアのMarketPsy Capitalは、これ以前から同様の投資戦略を採用していました。これは、ブログ、ウエブサイト、Twitterなどから得られるデータを分析し、そこから「センチメント」指数を算出し、その動きを用いて投資をするヘッジファンドです。これによって、2008年から2年間は、40%もの利益率を挙げました。

しかし、2010年には、8%の損失率となり、ファンドは閉鎖されました。こうした事例から、AIを用いて継続的に利益を挙げるのは難しいということがうかがえます。

もちろん、AIファンドといっても、ファンドによって異なる手法を用いているので、それらを一概に評価することはできないでしょう。また、ある時点の成績だけをとっても、全体的な判断はできません。しかし、コンピュータに判断を委ねるファンドの成績があまり芳しくないことは、他のレポートでも指摘されています。

例えば、三菱UFJフィナンシャル・グループが運営するMUFG Innovation Hubは、調査会社のPreqinが2014年に公表したレポートを紹介しています。それによると、2014年はコンピュータの判断にしたがった運用の成績が人間による運用を上回ったものの、長期的に見れば人間の運用のほうが優れています。過去3年間では、人間による運用が7.88%のリターンだったのに対して、コンピュータによる運用のリターンは5.17%でした。

10年間では、人間の運用リターンが11.56%であるのに対して、コンピュータによる運用が7.85%でした。