AIでの資産運用は成功するのか

金融への応用において問題となるのは、市場を相手にしなければならないということです。ところが、金融市場は、次の点において、他の市場とは大きく異なる性格を持っています。

『入門 AIと金融の未来』(野口悠紀雄著・PHP研究所刊)

それは、確実に利益を上げる方法が見つかれば、誰でもそれを簡単にまねできるということです。

通常の製品であれば、新製品が開発されたとき、それを直ちに他の事業者がまねすることは困難です。なぜなら第1に、製造の技術が、特許によって保護されているかもしれません。第2に、そうでないとしても、同じようなものを製作することは、容易ではありません。

新工場の建設が必要であれば、巨額の投資が必要です。このため、「新しい製品を作り出した企業が、巨額の利益を継続的に得る」といったことが生じます。これに対して、金融取引の場合に利益を得るためには、どのような対象に投資するかという情報さえあれば十分です。投資資金が手元になければ、借り入れることもできます。このため、確実に利益を挙げられる方法があり、かつそれが用いているデータが公表されていれば、多くの人がそれと同じ方法を実行し、その結果市場価格が変化してしまって、超過利益(市場の平均を超える利益)を得られなくなるのです。

つまり、「iPhoneと同じ機器を作るのは大変なことだけれども、ウォーレン・バフェット(アメリカの著名な投資家)が投資している銘柄に投資をすることは誰にでもできる」ということです。

資産運用にAIを用いることの影響

AIを利用しても、人々より高い収益を継続的に得ることは、残念ながら、できないでしょう。これは、AIがいかに進歩したところで変わりません。市場が適切に機能していれば、AIといえども、マーケットより正しい答えを出すことはできません。だから、AIで利益を上げ続けることはできないのです。

ただし、無駄な損失を被ることは少なくなります。要するに、市場の平均と同じようなリターンを多くの人が得ることが可能になるのです。この問題を、次のように考えることもできます。誰かが投資の必勝法を考え出したとして、その方法を人に教えるでしょうか?

金融投資の場合には、「教えない」と考えるのが自然ではないでしょうか? なぜなら、もし教えれば、他人にまねされて、自分が得られる利益は少なくなってしまうからです。

例えば、「将来値上がりしそうな株はどれか」ということが分かってしまうと、すでに述べたように、その銘柄に投資が集中して値上がりし、自分が購入しようとしても、原価が上がってしまいます。

このことを、経済学者のポール・サミュエルソンは、次のように表現しています。

「たぐいまれな金融投資法を知る少数の人々は、その才能をフォード財団や地方の銀行の信託部門などに貸したりしないだろう」(彼らは、そうせずに自分自身の資産を運用するだろう)。