高木は当初、タワーレコードに対して、小売りの「いろは」の部分が粗雑なのではないかという先入観を持っていたという。タワーレコードの店頭に立つ人間はみな無類の音楽好きだ。好きだから音楽の周辺で働いていたいという動機に支えられている。中には、腕にちょっとタトゥーが入っていたり、耳がたくさんのピアスで痛そうだったり、頭が金髪というパンクな従業員もいる。頭の中が音楽だらけという印象の販売員は多い。高木の懸念はよく理解できる。
「対お客様という面ではどうなんだろうと正直思っていたわけですが、いざ入って観察してみると、幸い、お客様をお迎えする挨拶はしっかりしていた。ピアスをした男性の販売員も、年配のお客様に質問されたら、丁寧に売り場に案内もしていましたしね。小売りの店頭はどれだけお客様を大事にするかにかかっている。その意味では、百貨店よりもちゃんとお客様を見ているなと感じました」
小売りの基本はできていた。心配は杞憂に終わり、まずひと安心。
だが、ここからが高木の本領発揮だ。
「お客様の生活に対する想像力というか、どういう意識でタワーレコードに来店してくれているのかをもっと詰めていく必要があると考えました。みな音楽が大好きであるがゆえに、想像力に欠ける部分があるんですね」
高木が例として挙げたのが、タワーレコード名物の手書きPOPだ。
知らない方のために説明すると、タワーレコードでは輸入・国内CD、DVDから音楽関係のアクセサリー、視聴機に至るまで、スタッフが自作した手書きPOPがついている。CDに付けられた手書きPOPの内容は、発売日、アルバムの中身、価格、特典など客に伝えるべき必要な情報やスタッフが自分なりの解釈を伝えるメッセージで、情報量は非常に多い。
聴きどころ、お勧めのシチュエーション、アーティストの制作動機や影響を受けたアーティストの名前まで、まるでアーティストに成り代わって熱弁をふるう「イタコの口寄せ」的コメントは、読ませる力はあり、アルバムを媒介にした店と客とのコミュニケーションに一役買うが、中にはこんな例もあった。
小さな字であまりにたくさん情報を詰め込んでいるため、肝心のCDジャケットが見えなくなっていたのである。
「いろいろ書きたいことがあるんでしょうが、自分の思いを伝えることが先になってしまっていた。でも、私たちが売りたいのはCDそのもの。CDを手にとったお客様を買う気にさせることが先決です。何が大事かを決めるのは結局、お客様ですからね」
売りたいのはモノであって、情報はその補助である。情報を過剰に押しつけるな。主役は客であって、販売員ではない。高木が強調するのはそういうことだ。