同じ秀吉陣営でありながら、三成は武力でのしあがってきた武将たちからは反発を受けた。人望はあまりなかった。
しかし、僕はそこが彼の魅力であり、面白いところだと思っています。たぶん頭が働きすぎると、どうしても人が馬鹿に見えてしまうこともあるのでしょう。
歴史資料によれば、三成は、自分が嫌いな人物に対して面と向かって、「おまえは嫌いだ」と言ってしまうことも少なからずあったようです。あまりに露骨な物言いですが、ある意味、清々しささえ感じさせるストレートさ。己の自信からくる傲慢さのようなものを隠さず、表に堂々と曝け出すような性格だったに違いありません。それは、信長に取り入って出世をはたしてきた秀吉とは決定的に異なる性格であり、生き方だと言えるでしょう。実際、秀吉に対して作戦や考え方などで堂々と諫言し、おべっかも言わなかった。
こんなに頭がよい三成が、どうしてこんなに戦下手なのか。それは「ツキがなかった」ということかもしれません。戦国時代は「天賦」や「運」も戦いの才能として重要視されていました。三成は、初合戦の「忍城」での大失敗の印象が強いまま、関ケ原の合戦に至ってしまい、誰からも最後まで信用されなかったのでしょう。
僕が歴史小説に興味を持ち始めたのは、大学2年の夏のころでした。本名である「竜(りょう)」は坂本竜馬好きの母親が、竜馬にちなんで付けた名前。そこで、『竜馬がゆく』を読んでみると、大変な衝撃を受けました。昔の日本人は現代とは正反対に、剽悍で、荒っぽく、異様なまでに誇り高い。それ以来、戦国ものの小説などを読み始め、多くの武将の生き様にも触れてきましたが、三成の傲岸不屈な力強い生き方や価値観、また武将としてのスキルは、唯一無二のあっぱれなものと言える。その孤高の存在感は、三成に「戦下手」のレッテルをはることになった忍城の城代「のぼう様」に匹敵すると言ってもいいのかもしれません。