「母」を偽装していた信代役・安藤サクラさんの名演
是枝監督は前出「中央日報」のインタビューで「同じ政権がずっと執権することによって私たちは多くの希望を失っている」とも語りました。また、同じく前出のブログでは、「祝意」を辞退する理由として「映画がかつて、『国益』や『国策』と一体化し、大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば、大げさなようですがこのような『平時』においても公権力(それが保守でもリベラルでも)とは潔く距離を保つというのが正しい振る舞いなのではないかと考えています」としたためました。
政権与党が作った改憲草案24条によって一方的に規定される「あるべき家族の形」と、『万引き家族』が示した「家族ではない者たちが肩を寄せ合うことの美しさと幸せ」。両者の間には確かに「潔い距離」が保たれています。
『万引き家族』はラスト30分に差しかかったあたりから、偽家族の一人ひとりが心情を吐露していきます。そのひとり、一家の「母」を偽装していた信代役・安藤サクラさんの名演には、誰もが心を奪われたと思います。
興行的な成功は「多様性の受容機運」を示している
血縁の意味とは何か、母親の資格とは何なのか。筆者はこの映画を2回観ましたが、安藤サクラさんのシーンでは2回とも、文字通り息をするのを忘れ、瞬きすらはばかられました。「血縁による家族が助け合うのが当たり前」「夫婦は子供を作るのが普通」と主張する人たちは、このシーンを観て一体何を思うのでしょうか。
『万引き家族』は決して口当たりのいい内容ではありません。観ていて胸が苦しくなりますし、執拗な辛気臭さや現実社会との高すぎる接続度に、ウンザリする人もいるでしょう。しかし、ヒットシリーズの続編や人気原作の映画化が興収ランキングの上位を占めがちな日本の映画市場で、このような作品が興行的な成功を収めるのは、「多様性の受容機運」を示しているようで実に喜ばしいことではないでしょうか。
その意味で、『万引き家族』の“30億超え”は盤石の人気シリーズによる“50億超え”の何倍も価値がある、と思います。
編集者/ライター
1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論 2012-2015』(押井守・著、サイゾー)など。