――精神科医の処方でも嫌なことは書き出して忘れるというのがありますね。

頭の状態が悪いというのは、余計なことがたくさん頭の中に残っていることです。寝て起きたら、たいがい忘れていますから、朝が一番、頭の状態がいいわけ。だから夜に考え事をしてはダメで、ちゃんと寝て朝考えたほうがいい。

それと体を動かして、汗を流す習慣を持つこと。昔から賢い人は散歩を取り入れていました。一定のリズムで体を動かしていると忘れやすい。しかもその後に、ふいに面白いことが思い浮かんだりする。

呼吸も、血液の循環も、人間にとって大事なことは、みんな意識しなくてもできるでしょう。忘却も同じです。それを、学校の勉強で、忘れるな、忘れるなって、不自然なことを強いるから、おかしくなる。

現代の知識偏重社会はやっぱり不自然です。ある程度の知識は必要ですが、勉強しすぎるとダメになりますよ、人間も。40歳過ぎたらギアをシフトチェンジする。本当に楽しければ自然に努力をするし、自然と知識も得る。でも自然に忘れてしまう。発見をし、思索が深まる。その繰り返しでいいんじゃないかな。人間、知識をため込むだけではダメ。生活に根ざした自分なりの考えを持ってこそ人間なのです。

外山滋比古(とやま・しげひこ)
1923年、愛知県生まれ。お茶の水女子大学名誉教授。専門の英文学をはじめ、言語学、修辞学、教育論、意味論など広範な分野を研究し、多数の評論を発表した。著書に『異本論』『思考の整理学』『知的生活習慣』ほか多数。
(文・撮影=遠藤 成)
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