※本稿は、折木良一『自衛隊元最高幹部が教える 経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)を再編集したものです。
自らを支えるチームや部下への強い信頼感
「なぜ、自衛隊はどんな苛酷な状況でも、冷静に、取り乱すことなく任務をやり遂げられるのですか?」
統合幕僚長として東日本大震災と福島第一原発事故の対応に奔走したあと、多くの人からこう私は問われました。
2016年に大ヒットした映画『シン・ゴジラ』で、國村隼氏演じる財前正夫統合幕僚長も、つねに冷静で淡々としていることが、映画公開後に話題になったと記憶しています。鎌倉から上陸したゴジラの東京進行を食い止めようとして失敗した「タバ作戦」の最中でも、最終的にゴジラ凍結に成功した「ヤシオリ作戦」を前にしても、その態度はほとんど変わりませんでした。
もちろん昭和のゴジラ映画とは違って、そのときの自衛隊は、装備も運用も格段に向上しており、もてるかぎりの能力で獅子奮迅の活動をしたといえるでしょう。東日本大震災においても、状況が見通せず、数々の痛ましい光景を目にする現場のなかで、自治体、関係機関、米軍などと連携しながら、私たちは昼夜なく活動しました。とてつもない極限状況を目の前にしても、「心折れることなしに目の前の任務を淡々とこなした自衛隊のメンタルに力強さを感じた」という声をほんとうに励みに思ったものです。
そうした「極限状況でも動じない」という態度は、自衛隊という組織ならではの特徴かもしれませんし、また、それが求められている組織であるとも思います。その自衛隊が、迅速な判断と臨機応変な実行が求められる作戦遂行のときに重視している「IDA」サイクル、つまり「情報(Information)」「決心(Decision)」「実行(Action)」サイクルについては、第1回「伝説の自衛官が語る"原発ヘリ放水"の真実」と、第2回「自衛隊の戦略と"経営戦略"の根本的な違い」のなかで説明しました。
そのなかでの「決心」は、最終的には指揮官の責務であり、その結果責任も指揮官が負います。しかし判断の前段階となる「情報」は、専門のスタッフが収集・処理し、「実行」は現場の自衛官に委ねられます。
とくに刻々と状況が変化する福島第一原発事故のような有事においては、上がってきた「情報」の精度を事細かに確認したり、「実行」を担う部隊に逐一指示することはほぼ不可能であり、自衛隊のIDAサイクルには、的確な指示を与えれば要求に応えてくれるチームとしての連帯感や、部隊・部下への強い信頼が背景にあります。
私自身、当時は津波災害と原発事故という難度の高い二つのミッションへの対処を迫られつつ、最良のオプションを選ぶという意思決定に注力できるチームの態勢に支えられました。それこそが、私が極限状況でも動じなかった要因の一つでしょう。『シン・ゴジラ』の「ヤシオリ作戦」もまた、失敗すれば「首都・東京」が壊滅するという極限の状況でした。それでも財前統幕長が自衛隊の行動計画を主人公である矢口蘭堂(長谷川博己氏)に示した際には、「作戦の運用は5段階、朝霞で詳細に詰めてあります」と普段と変わらぬ口調で説明し、表情にも不安や高揚感は見られませんでした。おそらくその背後にもまた、財前氏の部隊・部下への強い信頼があったのでしょう。