メンタルを極限まで鍛え上げる自衛隊の訓練

先ほど、東日本大震災の被災地支援と原発事故対応に追われる極限の状況でも私が動じなかったのは、意思決定に注力できる態勢があったからだと述べました。

正確にいえば、当時の状況はもう少し複雑で、被災地支援のなかで自衛隊以外に在日米軍と協同で行なう「トモダチ作戦」の調整にも、多くの時間を割かなければなりませんでしたが、そうした状況下でも曲がりなりに意思決定を続けられたことには、もう一つ理由があります。それはまさに、長年行なってきた自衛隊の訓練の賜物であったのです。

自衛隊ではどのように、メンタルを極限まで鍛えあげる訓練や演習を行なっているのでしょうか? 各レベルの部隊に対して疑似的に実戦的な極限状況をつくり、強いプレッシャーのかかった状況で指揮官が意思を決定し、部隊を運用し、その結果をフィードバックして検証修正することを繰り返すのです。そして、その訓練の主要な目的は、指揮官の育成だといっても過言ではありません。

指揮官の思考環境を混乱させるプレッシャーで、最も大きなものの一つは「時間の制約」です。そこで自衛隊の訓練では、意思決定に必要な時間を極端に短くしています。そのうえで、任務遂行の障害となる「想定以上」や「想定外」の状況を、同時多発的に発生させるのです。

時間の制約があるので、判断に必要な情報は十分ではありません。状況も刻々と悪化していきます。指揮官は最終的な任務達成のゴールを踏まえて、どの状況に優先的に取り組み、いつもより少ないオプションのなかで最良のオプションを選択すべきかという意思決定を迫られます。しかも、その意思決定が正しかったのかどうかすらわからないまま、次の状況判断、意思決定に進むということを繰り返すのです。

訓練終了後にAAR(アフター・アクション・レビュー)を行なうと、面白いことがわかります。プレッシャーのかかった状況下では、普段は3つでも4つでも思いつくオプションが1つか2つしか思いつかない、という共通の傾向が浮かび上がったり、あるいは優先順位の付け方に問題がある、個別の状況判断にミスが多いなど指揮官ごとの強み・弱みが如実に現れるのです。そこで弱点とその要因を徹底的に自覚・分析できれば、極限状況の経験値を増やす、意思決定そのもののプロセスを改善する、あるいはそもそもメンタルを鍛え直すなどの対策も可能でしょう。

それをビジネスパーソンに譬えていえば、自衛隊という組織は有事を想定して平時に訓練するのが仕事ですから、意図的に極限状況を設けた反復訓練ができますが、ビジネスパーソンの場合は業務上の難題が次々押し寄せる危機的な状況もつねに「本番」だといえるのかもしれません。

『自衛隊元最高幹部が教える 経営学では学べない戦略の本質』(KADOKAWA)でも指摘しましたが、近年、好むと好まざるとにかかわらず、グローバル化に対応する企業にとって、想定外の外部環境要因による経営リスクはますます高まっています。そこでは一難が去ったら安堵するのではなく、AARの結果をリーダーが次の意思決定に生かしたり、危機的・極限状況に強い・弱いメンタルの人材、とくに幹部をチェックすることこそが、必要な強靭さを培う一つの方法になるのではないでしょうか。

折木良一(おりき・りょういち)
自衛隊第3代統合幕僚長
1950年熊本県生まれ。72年防衛大学校(第16期)卒業後、陸上自衛隊に入隊。97年陸将補、2003年陸将・第九師団長、04年陸上幕僚副長、07年第30代陸上幕僚長、09年第3代統合幕僚長。12年に退官後、防衛省顧問、防衛大臣補佐官(野田政権、第2次安倍政権)などを歴任し、現在、防衛大臣政策参与。12年アメリカ政府から4度目のリージョン・オブ・メリット(士官級勲功章)を受章。著書に、『国を守る責任 自衛隊元最高幹部は語る』(PHP新書)がある。
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