命がかかっているから、仲間を裏切らない
では、自衛隊は自衛官同士の連帯感や信頼感をいつから醸成しているのか? 答えは正式な自衛官になる前からです。たとえば、幹部候補生の場合は、全寮制の防衛大学校で4年間、いちばん募集の多い18歳から27歳までの自衛官候補生(任期制)の場合は、新隊員として教育隊の宿舎で集団生活をしながら、自衛官としての「共通課程」と、教育修了後に配置される「職種の基礎課程」で、それぞれ3カ月間の基礎教育を受けます。
この基礎教育では、社会人としての基本に加え、自衛官としての基礎的知識を学ぶことや体力をつけることが目的ですが、さらに重要なのは、自衛隊が「チームプレイ」で動く組織であり、最終的にはそのチームプレイが乱れれば、人の命が失われるということを自覚してもらうことです。
つねに集団行動を求められる組織のなかで、たった一人だけが役割を果たさなかったり、個人プレイに走ったりするだけで、最悪の場合、チーム全員が犠牲になることがある。命がかかっているからこそ、自分も仲間を裏切らないし、仲間も自分を裏切らない、ということが、自衛隊の根本にある連帯感ではないでしょうか。
たとえば利害だけでつながっているようなタイプの企業では、会社が危機的な状況になればなるほど、「自分は助かろう」とする仲間内での裏切りが出てくるかもしれません。連帯して相手と戦う前に、自軍(自社)のほうが弱っていくわけです。いまの時代は以前より横のつながりが減少し、社員同士で寝食を共にすることも少なくなったと聞きます。しかし身体性のつながりを実感させるのは、この時代においても決して「古くさいこと」ではないはずです。本田技研工業の「ワイガヤ」や京セラの「コンパ」はまさに、こうした身体性のつながりの構築をめざしたものでしょう。
上下関係はどうでしょうか? 自衛隊における指揮官と部下の関係とは、有事の「実行」においては「性善説」ですが、平時の組織や人のマネジメントは「性悪説」であるべきです。しかもそこでユニークなのは、厳しくチェックされる対象は、「現場」ではなく「指揮官」ということでしょう。
陸上自衛隊の例を挙げれば、「監察」という制度があります。組織の風通しがよいか、指揮官の考え方が現場まで徹底されているか、この指揮官の統御(マネジメント)に問題がないかなどを数年に一度、徹底的にチェックします。アンケートをとり、ヒアリングを行ない、書類を調べたりして組織の正常さを評価するのです。そこで指揮官に問題が見つかれば、もちろん人事異動も行なわれます。
「監察」は、世界各国の武装組織には機能の差はあれ常識的に存在している制度ですが、そうした考え方がまだ日本では人口に膾炙しているとはいえないでしょう。部下を見る上司の目は一つですが、上司を見る部下の目は数多くあります。多くの部下はとくに苦しい状況のとき、上司を頼りにし、かつ客観的に厳しく評価します。それの期待に応えることができ、信頼されることが上司の本来の姿なのです。