発売の経緯も興味深い。1978年当時、ハウスの即席めんは売り上げが伸びず、福岡工場では、生産計画のない日は工場内の草むしりをするほど時間を持て余していた。そんな時期、ラーメン担当プロダクトマネージャーに、福岡工場長からの「社員食堂で社員もハウスのラーメンを食べない」という言葉が耳に突き刺さった。
「同時期に、当時の営業担当者からも『九州で売れるラーメンを開発してほしい』という声が上がっていたのです。今でもそうですが、九州は袋めんの需要が高い。棒ラーメンも人気ですが、チルドのラーメンは少ない土地柄。支店長会議も重ねて検討し、本社に提案した結果、経営トップから『とんこつ味のラーメンを4カ月以内に開発せよ』という指令が出ました。そこで関係者が、九州各地のラーメン店を20店以上食べ歩きながら、スープを開発していったのです」(長江氏)
「こらウマカ」が、「うまかっちゃん」に
スープの味を決める際には、福岡支店と福岡工場も協力し、地元の主婦による試食テストも実施した。こうした商品開発は今では珍しくないが、40年前の話だ。商品名も社内や広告代理店から1000近い案が上がり、当初は「こらウマカ」を考えた。
だが、グラフィックデザイナーとして多数の作品を残した西島伊三雄氏(福岡市出身。故人)に相談した際、博多弁で「とてもおいしい」を意味する「うまか」に「ちゃん」をつけるネーミングがひらめき、愛用の筆で一気に「うまかっちゃん」と書き示したという。イラストは博多祇園山笠の子どもたちだ。
九州場所力士のシメは「5かっちゃん」
今年は土俵の内外でさまざまな話題を呼んだ大相撲九州場所だったが、九州場所でご当地入りする相撲取りにも「うまかっちゃん」は人気だ。ある部屋では、力士の食事「ちゃんこ」のシメに利用される。袋めんの5個パックは、ひそかに「5かっちゃん」と呼ばれるが、力士は1人前=5かっちゃんが定番。最後のシメにこれを入れて、おいしそうに食べるという。そして、普通の人にとっても「うまかっちゃん」のまとめ買いは当たり前になっている。
「段ボール1ケースで、5個入り×6パックの30食入りも販売しており、年末年始やお盆の時期には、ケース販売の人気が高まります。お客さまからも『九州に帰省した際に、まとめて買う』という声が寄せられます。人気なのは九州人に身近な味で、たとえば今年の2月に数量限定で販売した『めんたいとんこつ』は好評でした。一方、東京で流行したつけめんにヒントを得た『つけ麺』シリーズを提案しても、九州では受け入れられませんでした。それも九州の方のこだわりだと思います」(長江氏)
子ども時代の思い出や、昔ながらのモノやコトを愛することは「ノスタルジー消費」といわれる。九州人の「常備食」であり、他地域に住む九州出身者には「ノスタルジー食」でもある「うまかっちゃん」――。近年はインターネットでも購入できるようになったが、年末も近づいた現在、そろそろケース買いする人が増えそうだ。
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント。1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。