「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という格言がある。賢き先人たちは、古典の知恵に学び、ピンチを切り抜けてきた。雑誌「プレジデント」(2017年5月29日号)では、戦略書の古典「孫子」の特集を組んだ。今回は特集から、経営戦略コンサルタントの鈴木博毅氏による「社内不倫」についての考察を紹介しよう――。

はじめは処女の如く、後は脱兎の如し

Q.不倫相手宛ての恥ずかしい文章を部内連絡用のLINEに誤送信してしまった。ほとぼりが冷めるのを待つべきか、謝罪し、会社の沙汰を待つべきか。

A.鈴木博毅さんの回答

無料のメッセージツールを使って人に知られたくない通信をしている時点で兵法家の資格はありません。LINEやフェイスブックに人に言えないことを書くのは致命的です。古代でも重要な通信は『割符』といって手紙を2つに切り裂き、上半分と下半分を別々に送ることで、どちらかを敵に読まれても内容がわからないように工夫していました。うっかりミスをしても大丈夫なような工夫はすべきでした。

不倫相手へのメッセージを社内に誤って送ってしまった段階で、あなたへの周囲の信頼感はゼロ。どんなにごまかしても、誰も信じません。

人の噂も七十五日、そのうちうやむやになるだろうと放っておくと、人は勝手に妄想して面白おかしい噂になるでしょう。これは止められません。収拾がつかなくなる前に自分から動くべきです。

すぐにお詫びのメールを全員に送り、直属の上司のところへ飛んでいって謝罪したうえで、会社から正式な処置を下してもらう流れをつくる。恥ずかしいでしょうが、そのほうが問題は長引かずに済みます。はじめは処女の如く、大人しく弱々しく。できれば大勢の前で上司から頭をポカリと叩いてもらう。そんな姿を周囲に見せ、終わらせることが重要です。後は脱兎の如し。後で一気に実力を発揮し、汚名返上できればいいのですが、今回のケースですと会社を去るという選択もあるかもしれません。

孫子の兵法をビジネスに生かす基本のひとつが『どんなときも選択肢をできるだけ多く持つ』です。言い方を変えれば『視野を広げる』こと。たいてい人間は困ったことが起きて追い込まれると、とたんに視野が狭くなり『もう、これしかない』と思い込んでしまいます。実際は選択肢がないのではなく、見えないのです。

視野が狭くなるのが顕著なのは、怒りや悲しみなどネガティブな感情に囚われたとき。絶望して落ち込んだり、自暴自棄になりがちです。

さて、不倫とまではいかなくても『男ばかりの職場に若い女性が配属されたら部長が絵文字を使い出した』といった話はよく耳にします。女性が配属されてウキウキする楽しい気持ちもわかります。しかし、浮かれた感情も危険。足をすくわれる可能性があります。浮かれている自分を冷静に眺め、どこで線を引くかを判断しておきましょう。

さらに男と女の問題で言うと、会社の人間関係と個人的な人間関係の温度差がわからない役職者は実は結構いるものです。上司と部下という上下関係だから部下は上司の言うことを聞いているだけなのに、それを個人的な好意だと勘違いして、1日に何通もメールを送って部下を困らせる。

喜びや楽しいといったポジティブな感情でも、囚われた時点で落とし穴になるのです。感情は一瞬ですが、そこで下した決断は長期に影響します。感情的に昂っているときは、視野が狭まっていると、冷静になることが必要です

鈴木博毅
1972年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒。経営戦略コンサルタント。著書に『実践版 孫子の兵法』『「超」入門 失敗の本質』ほか。
 
(構成=遠藤 成)
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