いくつか例を挙げてみよう。まず、ベルマンならば、タクシーが到着したときにメーターを見る。だいたいどこからどのぐらいの距離を走ってきたのかという想像がつく。新幹線を降りて東京駅から来たのか。あるいは近場の地下鉄駅から来たのか。その情報を頭にインプットしておけば、いざお客さまから「今日はけっこう道が混んでいてね。時間がかかったよ」と話しかけられたときにもスムーズに受け応えしコミュニケーションできる。

お客さまの荷物を持つときも、まず名前を確認し、ネームタグがついていれば「○○様、いらっしゃいませ」と名前をつけて呼びかける。また、買い物などでクレジットカードを出された場合は、名前が書いてあるので、「○○様、ありがとうございます」と言えば、画一的なサービスではなく、その人だけへの特別なサービスに変わるだろう。

こうしたことをやってみるだけでもお客さまの反応を知りワンランク上のサービスを提供できるだけでなく、コミュニケーション力も膨らんでいく。本当のサービスというのは、マニュアルに書かれたありきたりの言葉を超えたところにあり、そこから先の「紙一重」で勝負するものである。

お客さまが求めている「ニーズ」に応えるのは当たり前であって、本当のサービスは心の奥にある「ウォンツ」をうまく引き出して、それに見合うものを必要なときに提供することである。これはサービス業のみならず、あらゆる仕事に応用できることと思う。

ある日ロビー近くの売店で「○○新聞をください」「申しわけございません。○○新聞は本日売り切れてしまいました」というやりとりをたまたま通りかかって聞いた。「たしか○○新聞なら事務所にあったな」と思い、事務所に引き返して新聞を取り、ロビーでほかの新聞を読んでいるお客さまに「どうぞ、○○新聞でございます」と差し上げたところ、大変感激していただいた。この出来事以来、このお客さまは私の顧客となり、名前を覚えて指名してくださるようになった。

またあるとき、レストランで写真をテーブルにおきながら食事をしている初老の紳士がいた。それに気づいたウエーターが「もしかしたら亡くなられた奥さまの写真を見ながら食事しているのかな」と思い、写真たてを用意して喜ばれたというエピソードもある。こういった気遣いは「ニーズ」ではなく「ウォンツ」をうまく引き出した例だといえる。