簡単な「かけ算」で答えを出してみよう

次に、腫瘍マーカーによる判定の精度を考えてみよう。判定はマーカーの血中濃度が一定の基準値を超えているかどうかで行われ、がんがある場合に正しく陽性と判定する割合を「感度」、がんがないときに正しく陰性と判定する割合を「診断特異度」という。

血中濃度の基準値を低くすればがんの見落としは少なくなる(感度が上がる)が、がんがないのに陽性と判定してしまう「偽陽性」も増える(診断特異度が下がる)。基準値を高くすればその逆だ。ここでは実際のマーカーのデータから高めの数字を取って、感度を80%、診断特異度を90%と仮定する。

ベイズの公式は複雑だが、小島教授の考案した「面積図」を使うと、簡単なかけ算で答えが出せる(図参照)。

「陽性と判定された人は『自分はがんの世界の側にいる』と考えがちですが、実際には(1)がんがあり陽性、(2)がんがあるのに陰性、(3)がんがないのに陽性、(4)がんがなく陰性の四つの世界が存在します。そして陽性の人が本当にがんである確率は、(1)と(3)の数を比べないと算出できません」(小島教授)。

がんがない人のほうが圧倒的に多い

仮定した条件に基づいて計算すると、陽性と診断されたあなたが本当に癌である確率は、わずか3.9%にすぎない。「がんがない人のほうが圧倒的に多いため、擬陽性の数が『真の陽性』の数をはるかに上回ってしまうのです」と、小島教授は言う。

陽性と判定されても100人に96人は問題なしとなると、ずいぶん精度の低い検査のように思える。実際、腫瘍マーカーによるスクリーニング検査の意義を疑問視する医学論文もあるが、事前確率の0.5%からみれば8倍にはなっているから、精密検査を受ける意義はあるということか。

「ベイズ推定を理解してはいても、自分自身が陽性と告げられたら、やはり動揺すると思います。何%という数字ではなく、『がんの疑いがある』という言い方ならなおさらです」と、小島教授は苦笑する。陽性が出ても「慌てず、しかし油断せず」ぐらいの構えが適切か。

小島寛之
経済学者、帝京大学経済学部教授。専門は数理経済学だが、数学や統計学関係の一般向けの解説書も数多く執筆。著書に『完全独習 ベイズ統計学入門』『確率を攻略する』『世界を読みとく数学入門』『使える!経済学の考え方―みんなをより幸せにするための論理』など。
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