親力とは、持てるものを全投入した総合力だ

「保育園頑張って」というフレーズに疑問を挟む人もあるだろうが、私も昔そういう切ない日々を送っていたから心の底からよく分かる。「保育園頑張れ、頑張ってくれ」としか表現しようがないくらい、保育園に子供を送る親の心境は祈りに近いものがある。保育園への道は、子育ての中でも象徴的な場面だ。

朝泣いてぐずって道に座り込む子供に何度も声をかけ、自分の出社時間を気にしながら時計をチラチラ見て、懸命になだめ説得して、最後は親が自分と子供の大荷物を肩に無理やり掛けて、米袋より重い子供をキレ気味に抱きかかえて連れて行く。抱きかかえられる相手なら、あるいは一人ならまだいいほうだ。暴れ逃げまわるやんちゃ者だったり、しかもそれが2~3人のきょうだいだったり、登園途中に途方に暮れている親がたくさんいる。

親力なるものがあるとすれば、それは知力だけでも体力だけでもない、持てるものを全投入した総合力だ。だから痛い目をたくさん見て知恵を巡らせた親たちは、いっそ泣く暇もなく勢いで連れていってしまえと、前にも後ろにも子供を載せるカゴがついた電動自転車を「一家に一台」状態で所有して移動に大活用し、あるいは保育園近隣の住民に散々嫌味を言われながらも自家用車で子供を送るのだ。

「子供を泣かしっぱなしにする親はマナー違反で無責任」だと? 「最近の親は自分のことばかり、大人の都合で子供を振り回さないであげて」だと? 「そもそも子供を産むのだって親の都合のくせに」、だと? 振り回されているのも、泣きたいのも、自分のことなんか朝食どころか身なりを整えることさえままならずボロボロで出社して、朝から晩まで働いた後にまた子育てと家事の続きをし、「自己都合で子供をこの世に送り出した」責任を全うするのも、親のほうだ。

……なんて、もちろん大人だから思っても言わない。ぐっと言葉を飲み込む。

今まさにそういう思いをしている子育て中のお母さんお父さんに向けて、20代前半と早くからの20年間をどっぷりと子育てに費やした私は、今はただ「頑張れ、いつか必ず手は離れる。そうしたらウソみたいに楽になるから」と念を送っている。だって、こんな不確実な世の中で確実に右肩上がりなものなんて、子供の成長くらいだから。