ネットではなく、着こなしセミナーでシャツを売った

【田原】結局、どうしたの?

【山田】ふたたび友達に「追加注文はないか」と電話をかけていたら、「山田の電話はヤバイ」という話が広がって誰も出てくれなくなりました(笑)。そこで頭をひねって「着こなしセミナーを無料でやります。希望者には品質のいいシャツを売ります」といろんな会社にかけ合いました。300件電話して11社のアポが取れたかな。インターネットで売ると言っておきながら、やっていたことは行商ですね。1カ月かけて、なんとか100着売れて支払いができました。

「ファクトリエ」のホームページ

【田原】200着売れても、ワイシャツはまだ半分残っていますね。

【山田】これも苦労しました。僕は何もわかっていなくて、全9サイズを均等に発注してしまいました。それでも、売れるのは真ん中のMサイズばかり。大きなサイズが売れ残ったので、大きな人用にイベントをやったり、ゲーム会社に行商に行ったりして、少しずつさばいていきました。ゲーム会社はジャンクフードが好きな人が多くて、体の大きな人が多いので。すべて売り切る前にMサイズを買ってくれた人からリピートの注文が入り、しばらくは自転車操業でした。

【田原】シャツの次は何ですか。

【山田】シャツを買った人はネクタイを買うだろうと考えて、京都の丹後ちりめんの工場に手織りのネクタイをつくってもらいました。今度は学習して、本数は30本に抑えました。それまでシャツを買ってくれた300人のうち10人に1人は買ってくれるだろうという計算です。それからカーディガン、ソックス、カジュアルなシャツ、ジーンズというように少しずつアイテムを増やしていきました。

【田原】順調に回り始めるまでどれくらいかかりました?

【山田】オンラインでの注文で回り始めるようになるまで2年かかりました。それまでは週末は倉庫で日当7000円のアルバイト。平日は夜行バスで全国の工場を訪ね歩くという生活でした。

【田原】よく挫折しませんでしたね。

【山田】最初はつらかったです。訪問して邪険に扱われると、「工場のために頑張っているのに、なぜこんな仕打ちを受けなければいけないのか」と考えてしまって。でも、途中から「自分が好きでやっているだけだ」と思って気が楽になりました。それと、お客様になってほしい人に毎日手紙を書き続けていたことも支えになりました。

【田原】手紙?

【山田】日本の伝統や文化に理解がある著名人に、ファクトリエのことを知ってほしくて手紙を書いていたのです。反応はなかったのですが、これが精神衛生上とてもよくて。自分でコントロールできるのは、自分の行動だけ。やると決めたことを毎日きちんとやっていくことが救いになりました。

【田原】 いままでに工場をどれぐらい回りました?

【山田】約650です。そのうち提携しているのは43工場です。

【田原】向こうが乗り気なのに山田さんから断った工場もあったそうですね。苦労して回ったのにどうして?

【山田】残念ながら日本だからすべていい工場というわけではありません。原価の引き下げ圧力で手抜きを覚えてしまった工場も多く、むしろメイド・イン・チャイナのほうがいいというくらいのレベルのところもあります。世界ブランドをつくりたければ、そういう工場と組んではいけない。最近は工場のほうからご連絡いただくケースも出てきましたが、全30項目のチェックリストで難しいと感じたら、こちらからお断りしています。