フランスで知った「お客様は神様じゃない」

【田原】GUCCIで働いてみてどうでした? 山田さんはご実家で売り場に立ったこともあるんでしょう?

田原総一朗
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。東京12チャンネル(現テレビ東京)を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。本連載を収録した『起業家のように考える。』(小社刊)ほか、『日本の戦争』など著書多数。

【山田】驚いたのは「お客様は神様」ではなかったことです。実家の婦人服店の定休日は月1回。家族で温泉にいっても、お客様から電話がかかってきたら旅館から戻らなくてはならず、旅行が取りやめになったこともありました。日本ではお客様を神様にしてしまったために、お店の人、さらにものづくりの現場の人が奴隷になっているのです。ところが、GUCCIは違う。短パンにランニングを着た観光客が来るとドアマンが追い払うし、中国人のお金持ちが「このかばんを10個くれ」というと、「そんなに買わないでください」といってお断りすることもある。彼らはものづくりに誇りを持っていて、お客様と対等な立場で話すのです。日本の環境に慣れていた僕には新鮮でした。

【田原】日本とは考え方がずいぶん違いますね。

【山田】もう一つ、すごくショックだったことがあります。一緒に働いていたスタッフから、「日本には本物のブランドがない」といわれまして……。

GUCCI「日本には本物のブランドがない」

【田原】どういう意味ですか?

【山田】フランス人は、アメリカのブランドのことを揶揄の気持ちを込めて「マーク」と呼んでいました。アメリカのブランドはメイド・イン・アジアなのに、ロゴマークをつけて、それをスターに身につけさせて高く売っている。いわば見せかけをよくするマーケティングの産物だというのです。日本はアメリカと違って織りや染めの長い伝統があるのにアメリカと同じことをやっている。そんなものは本物のブランドじゃないと。

【田原】実際、日本のアパレルはアメリカ型ですか。

【山田】先ほど紹介したように、アパレル生産の国内比率は3%以下。国内の有名ブランドもたとえばメイド・イン・チャイナです。現状では日本の技術が品質に活かされていません。

【田原】どこでつくろうと、安いなら消費者は歓迎するんじゃないですか。

【山田】それが安くないのです。たとえば当時、アメリカの世界的に有名なブランドのスニーカーはインドネシアで原価300円でつくっているという話でした。でも、店頭では3万円。バスケットボールのスタープレーヤーを起用することによって、高く売っているんです。GUCCIの同僚はそのことを憤っていて、日本はアメリカと同じことをすべきじゃないといった。その指摘が契機になって、僕も「いつか日本の工場から、世界に通用する本物のブランドをつくりたい」と考えるようになりました。