仕事を進めるうえで最も大切なのは、取引先や顧客、あるいは上司や部下、同僚との信頼関係を築くことだ。信頼をつくり上げるもの、そしてそれを壊すものは何なのか……それぞれの道で認められた「仕事の神様」に聞いた。
「北風と太陽」の挿話を持ち出すまでもなかろう。自分がいかに強い立場にあろうと、心を閉ざした相手からマイナスの情報を引き出すのは至難の業。そこで、日々被疑者と向き合う刑事の手練手管を聞いた。

「生まれはどこ?趣味は何なの?」

元警察庁刑事・犯罪ジャーナリスト 小川泰平氏

「おまえがやったのか。やったんだろ!」と被疑者に詰め寄る刑事。警察の取り調べというと、テレビの刑事ドラマによくあるそんなシーンを、思い浮かべるかもしれません。

実際にそのようなことがないわけでもないのですが、それは押し迫った場面。たとえば、罪状、動機などの調べがつき、ここが決めどころだというときや、勾留期限が迫ってもう後がないというときですね。

取り調べの始まりは、実に穏やかです。何しろ被疑者に話をしてもらわないことには、調べが先に進みません。ですから、ガチガチになっている被疑者の緊張を解き、話しやすい雰囲気をつくることが、取り調べにおける刑事の最初の仕事。その雰囲気づくりのためには、のっけから敵対するのではなく、まず相手との信頼関係を築きます。そこで最も大切なのは、まずこちらから先に相手を信頼すること、悪く言えば信頼するフリをすることなんです。

容疑者は嘘をつくもの、隠し事をするもの。それを信頼するというのは、一見おかしなことに思えるでしょう。けれど、隠し事をする人には、頑なに隠そうとする意思とは反対に「話してしまいたい」という心理も働いているものです。

しかし、だからといって、単刀直入に事件に関わる話をしても、相手はなお頑なになるばかり。そこで、事件とはまったく関係のない話題、たとえば「生まれはどこ?」とか「趣味は何なの?」など、一見どうでもいい、「これなら答えても構わない。自分の不利になることはない」と相手が口を開きやすい話題から始めます。こっちも刑事ですから、話し始めた相手の小さな嘘はすぐにわかります。でも、そこは流してうんうんと黙って聞いてやるんです。