家族全員で「8時だョ!全員集合」を見ながら笑った時代ははるか昔。「お茶の間」や「一家団欒」が死語となり、各人が個室にこもり、食事どきにも顔を合わせない「個食」「孤食」の時代といわれる。
だが、「ニコ動」にアクセスすれば、夕食のあと、皆でテレビを囲んだ古きよき時代を疑似体験できる。つまり「ニコ動」は、共通体験の場(プラットフォーム)を提供しているのだ。
この現象をテレビ業界の人はどう評価しているのか。「東京ラブストーリー」「101回目のプロポーズ」など、視聴率30%を超えた大ヒットドラマのプロデューサー、フジテレビジョン執行役員クリエイティブ事業局長の大多亮さんは、「全盛期のテレビの匂いを感じる」と絶賛する。
「かつてのテレビ局が持っていた勢いやおもしろがる感覚がそこにある。ネットの世界だけでこれだけ盛り上がれるという事実を、テレビの人間は見過ごしてはいけない。水と油のようなものだけど、だからこそ彼らから刺激を受けます。他局の動向を見ているだけではダメですよ」
ドラマ制作畑が長く、入社以来、ネットとは無縁の生活を送ってきたが、09年6月に、フジテレビのネットビジネスを先導する立場となった。業界屈指のヒットメーカーである大多さんを抜擢したことに、局の本気度が窺える。
「『視聴率はよく稼いだから、今度はカネを稼げ』って言われたんです。これまでは湯水のようにお金を使うだけでしたからね。でも、テレビ局のネットビジネスで大成功した例はまだない。『あそこは儲からないよ、せつないよ』と、いろんな人に散々言われて……。それが逆におもしろいとは思いました。ドラマや映画をつくってきた僕みたいな人間をデジタル部門のトップに置くことが、フジテレビの姿勢表明だと受けとめています」
もちろん、ネット活用の模索は、以前から細々と続けられてきた(表参照)。だが、その歩みは遅く、いまだ試行錯誤の最中といったところ。社内外の理解も十分とはいえず、壁にぶち当たることもしばしば。「現場の協力を得るためには、地上波番組の視聴率に跳ね返ることが求められる」と大多さんは感じている。
そんななか、まず取り組んだのは動画配信サービス「フジテレビ・オンデマンド」のテコ入れだ。09年12月から3月まで、「ワンコイン祭」と称して、過去に放送された人気ドラマを1話100円、全話セットで500円という思い切った価格で提供。これが起爆剤となり、事業開始以来初めての単月黒字を計上した。
売上高は公表されていないが、09年度は4億~5億円と見られ、NHKを含む全局のトップを走る。オンデマンド配信が億単位のビジネスになったことに、社内でも驚きの声が上がっているという。
「いま、1話300円で『東京ラブストーリー』を見てもらえるのか、DVDレンタルのほうが安いのだから、そんなことでは広まらないんじゃないか――皮膚感覚でそう思っただけです。倉庫にしまっておいても仕方がないし、100円でも見てもらえるなら、と。それに、たとえ100円でも、昔自分がつくったドラマをお金を払って見てもらえるのは励みになる。思ったより売り上げも伸びて、通期での黒字も見えてきました。これを3倍、5倍にしたいと考えています」