ケータイの、あんな小さな画面でドラマを見る人なんていないだろう。
最初は誰もがそう思った。
そんな“わけ知り顔の大人たち”の予想を裏切り、携帯電話向けの動画配信サービス「BeeTV」が若者の支持を集めている。
メディアの地殻変動が起こりつつあるなか、世界初の“ケータイ専用放送局”と銘打って、2009年5月に開局。1年半後の昨年11月には、会員数が早くも150万人の大台を突破するなど、快進撃を続けているのだ。
勝因は、綿密なマーケティングをもとに、モバイル視聴に特化した質の高いオリジナル・コンテンツを揃えたこと。ドラマやバラエティ、お笑い、カラオケ、ムービーコミックなど、さまざまなジャンルの動画が「月額315円ですべて見放題」という手軽さがウケている。
「準備に1年半をかけて、どういう場面で、どういう気分で見られるのか、徹底的にリサーチしました。ユーザーの求めるものを掴んで理詰めの編成をした。だから自信はありましたね」
「BeeTV」を運営するエイベックス通信放送の編成企画部長、村本理恵子さんは話す。
マーケティング畑を歩んできたため、映像や放送の世界は未経験だが、「素人だからこそ、常識破りの大胆な編成ができた」という。
放送局を謳っているが、長らく“娯楽の王者”として君臨してきたテレビの後釜を狙っているわけではない。
基本コンセプトは、「ヒマつぶし」。そのため、ひとつの番組は5分程度と短い。「通勤、通学の途中に」「寝る前にベッドで」「半身浴のお供に」など、視聴のシチュエーションは人それぞれ。
「よみきかせ にほんむかしばなし」といったキッズ向けコンテンツで子どもをあやすお母さんもいる。
「テレビとはまったく違う“パーソナルメディア”という位置づけです。いろんな使い方ができるので、娯楽のコンテンツとしてはお得感がある。メーンユーザーは20代から30代で、女性のほうが少し多い。節約志向の主婦の方にも支持されています」(村本さん)
近年、若い世代のテレビ離れが顕著だが、いつでも、どこでも、ちょっとした空き時間に楽しめる「BeeTV」のようなコンテンツなら、お金を払ってでも見るということらしい。
「ヒマつぶし」とはいえ、内容は凝っている。たとえば配信中の新作ドラマ「パーティーは終わった」では、映画『GO』『世界の中心で、愛をさけぶ』で知られる行定勲監督を起用。成宮寛貴、仲里依紗といった旬の俳優をキャスティングするなど「月9」顔負けの豪華さだ。
地上波番組並みの制作費を投入しているため、業界関係者からは「無謀だ」「採算が合うのか」との声も聞かれる。
だが思い切った初期投資で注目を集め、先行者利益で市場を奪うのが当初からの戦略。「『負けない戦いをしよう』と、それなりの覚悟をして臨んだ」と、村本さんは語る。
目論みは当たり、目標であった「サービス開始後3年で150万人」の倍のスピードで会員を獲得。昨年8月に単月黒字化を達成した。今後は300万人の会員獲得を目指す。
音楽市場が縮小傾向にあるなか、単純計算で月に4億7250万円の固定収入は、エイベックス・グループにとっても頼もしい存在だ。
「音楽ビジネスは変動が激しいため、安定した会費収入を見込めることは重要。すでにグループの中核事業です」(エイベックス・グループ・ホールディングス広報・柳原薫主任)