サービスは乗務員が判断

こんなこともあった。98年に地元の長野で開催された冬季五輪では、マスコミが長野のタクシーの大半を借り上げたのだが、当社は借り上げをできるだけ辞退した。現場の乗務員たちが「借り上げに応じると、病院に通っている高齢のお客さまが使えなくなる。どうするんですか」と反対の声を上げたからだ。五輪特需を逃すことになったが、常連のお客さまを優先すべきと判断した。

99年からは「空港便」を始めた。長野から羽田、成田などの空港まで、予約制の乗り合いの大型タクシーでお客さまを送迎するサービスだ。お客さまの自宅まで行くので、荷物の持ち運びも必要ない。早朝や深夜なら寝ていける。特に高齢の方からは好評で、主力事業に成長している。保有しているタクシー約120台のうち、約70台が空港用だ。

乗務員が自分の判断でお客さまにきめ細かく対応できるのも強みで、高速道路が大渋滞したために途中で鉄道に乗り換えたが、お客さまが迷わないようにタクシーを駐車場に入れ、乗務員が空港まで付き添ったこともあった。東日本大震災のときは、予約していたお客さまが12時間遅れで空港に到着したが、乗務員がずっと待っていたケースもある。

6年前、空港便が予想外の大雪で立ち往生し、予定のフライトにお客さまが乗り遅れ、1泊せざるをえなくなったことがあった。私の判断で空港近くの一流ホテルに部屋を用意し、最高級の料理を出して、おもてなしをした。代替の航空運賃も含めて経費は150万円かかった。しかし「お客さまが先、利益は後」という経営理念をトップが実践したことで、社内に示しがついたように思う。

乗務員には、売り上げのノルマを課していない。それでも2013年9月期の売上高は15億1200万円で、長野県のタクシー会社ではダントツのトップだ。また、地方タクシーは赤字経営が珍しくないが、当社は黒字経営を続けている。お客さまに尽くせば、結果がついてくることを実証できていると思う。

▼おもてなしで信頼されるには?

×接客マニュアルを作る――「マニュアルで決まっています」
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お客様からの「お礼」は共有する――「昨日、お客さまからこんなお礼の電話がありました」
×】まずお客さまとの関係をよくする――「お客さまへのあいさつを忘れないように」
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まず社員同士の関係をよくする――「一緒に仕事をした社員へ『ありがとう』の言葉を忘れない」
×】効率を重視する――「自動ドアにしましょう」
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非効率を残して「利用」する――「ドアを開けて差し上げましょう」
中央タクシー会長 宇都宮恒久
1947年、長野県生まれ。大学中退後、父親が経営する宇都宮乗用自動車商会に入社。その後、再建のため父とともに長野タクシーへ移る。75年に独立して中央タクシーを設立。乗務員の手動によるドア開けなどのサービス向上を徹底させる。2008年、会長に就任。
(野澤正毅=構成 南雲一男=撮影)
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