ヘリから「宇宙」へ、挑戦は終わらない

もう1つ、片野坂流の端的な例が「Inspiration of JAPAN」の標語と、「Anytime,Any Order」サービスの国際線ビジネスクラスへの導入だ。2010年4月、取締役執行役員で営業推進本部長のときだった。

座席のタッチパネルで、食事や飲み物を注文する「Anytime,Any Order」は、アラカルトのメニューから、食べたいとき、飲みたいときに要求できる。だが、大型連休を控えた便で注文が集中し、サービスに時間がかかって、苦情が殺到した。

報告を聞き、すぐに成田発ニューヨーク便に乗った。自分の目で確認し、解決策を考えるためだ。後ろのほうの座席でみていたら、混乱ぶりが、すべてみえた。お客がタッチパネルを押しても、一斉に注文が出ると、客室乗務員はそこから準備するため、反応が遅くなる。結局、全員の食事が終わるまでに、4時間かかっていた。

ニューヨークに着き、客室乗務員に集まってもらうと、怒っていたし、泣いてもいた。聞くと、事前の訓練も不十分。お客に「客室乗務員と食事を選ぶ会話が楽しいのに、コンセプトがおかしい」と批判された例もあった。

反省点が多すぎて1カ月弱で中止を決め、役員会で「すみませんでした」と直立不動で謝った。糾弾の声が続き、健康診断の判定が初めてAからBに落ちたが、「有過則改」の決意は揺るがない。

標語の「Inspiration of JAPAN」は、いまも機体などに書いている。ANAのNは「NIPPON」だが、外国人には「JAPAN」のほうがわかりやすいからだ。ここでは、「見善則遷」を忘れない。

今年1月に社内に示した中期経営戦略の2ページ目に、8人の歴代社長の語録を載せ、次の自分のところには小説「下町ロケット」の主人公の「挑戦の終わりは、新たな挑戦の始まりだ」のセリフを置いた。実は、昨年1月、社長就任前に策定した「2025年度のANAグループを考える」と題した冊子の裏表紙に、地球の上を飛び、宇宙を背にしたANA機の絵図を載せ、「次は、宇宙へ。」と謳ってみた。だが、役員会で配っても気づかないので、もう一度、「宇宙」への構想をにじませた。

この7月に宇宙へいった大西卓哉さんは、ANAのパイロット出身。入社したときに「将来は宇宙にいける」と思っていた、という。いつになるかはわからない。でも、ヘリコプターで始めた会社が、いま世界中にジェット機を飛ばし、次は宇宙へ。もちろん、後に続く社員たちがあらゆる課題を早くみつけ、「有過則改」を完遂していくことが、その大前提だ。

ANAホールディングス社長 片野坂真哉(かたのざか・しんや)
1955年、鹿児島県生まれ。79年東京大学法学部卒業、全日本空輸入社。2004年人事部長。07年執行役員、09年取締役執行役員、11年常務、12年専務。13年持株会社制を導入し、全日本空輸は「ANAホールディングス」としてスタート、同代表取締役副社長執行役員。15年より現職。
(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)
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