かつては雇用や人材は「特別な経営資源」とみなされた日本で、「派遣切り」が横行している。その速度と量から、正規従業員も含めた雇用流動化時代の到来を筆者は予想する。

なぜ経営者の人材観は変わってしまったのか

企業業績が急激に悪化する中で、企業による素早い雇用調整が始まった。もちろん、バブル経済崩壊直後に比べれば、いまだ大規模ではないし、また、これを書いている時点では、雇用調整の主なターゲットは、派遣労働者、期間従業員など、いわゆる非正規労働力が中心だ。

ただ、正直にいえば、今回非正規雇用に手をつけるスピードと、その徹底ぶりについては、私自身も少し驚いている。そしてそこから受ける印象として、バブル経済崩壊からの回復過程で、わが国の経営者の人材とか雇用に関する考え方が少し変わってしまったのではないかという感覚がある。

非正規雇用の労働者はもともと企業の労働力需要の調整弁として位置づけられてきたことも確かである。以前から非正規労働力は経済が好況のとき簡単に調達でき、また不況のときにも簡単に削減されるバッファーとして位置づけられていた。さらに、ここしばらくの競争環境の変化(例えば、経営のグローバル化の増大)や、非正規労働に関する規制緩和により、企業が需要変動の不確実性に対応するうえで非正規労働力に依存する度合いが大きくなった。好況期においては、需要増加に非正規労働力の増員で対応し、また需要が落ち込んだときには、非正規労働力の削減で対応する。そうした調整方法が経営の定石となっていることを今回の雇用削減の動きは明確に示したのである。

こうした行動は企業にとっては全く合理的である。需要が落ち込んだとき、法的にも社会的にも容認された手段を用いて経営者が雇用調整を行うのは理にかなっている。こんなに速く、多数の非正規雇用者を対象とした雇用削減を、年末年始という日本人にとって大きな意味のある時期に集中しなくても、という残念さは残るが、経営者としては経営のために必要な意思決定を行っただけなのである。それだけで、ここしばらく続いている類の経営者批判をするのはゆきすぎだろう。・悪人・を見つけるとすれば、経営者だけではなく、不況になるとこうしたことが起こる社会をつくってきた私たち自身なのである。

ただ、同時に私が考えたのは、多くの経営者が内面にもつ雇用とか労働とかについての考え方が、昔(特にバブル経済崩壊以前)とは変わってしまったのではないかということである。人材観の変化といってもよい。これまで雇用や人材という領域は、特別な経営資源だった。増やすにしても、減らすにしても、いったん立ち止まって考える存在であったのである。

うがった見方をすれば、こうした立ち止まりは正社員の解雇を難しくする法律や制度のもとで必要に迫られて行っていたことかもしれない。すでに知られているように、わが国では、正社員の解雇は強く規制されている。契約自由の原則に基づき、自由な解雇を認めていた法律の原則に対し、解雇規制が、戦後の歴史的な経緯の中で解雇権濫用に対する法理として司法の場で強化されてきたのである。わかりやすくいえば、法律ではなく、判例の積み重ねによって解雇が強く規制されてきた。