不況の時代、経済の構造改革にとって重要なのは「創造的瞬間」の概念であると筆者は説く。ダイエー創業者・中内功の創業当時の苦悩から、その概念を明らかにする。

世界に類のない業態「SSDDS」はいかに誕生したか

一瞬の経験を境に、様変わりの躍動を生む。事故で両足を失った人が水に入ったとき、つい足があった頃の動きをして泳ごうとする。しかし、バタ足はできなくなっているので、自由形の泳法では溺れてしまう。そこで、彼に新しい工夫が必要になる。水の中で悪戦苦闘するなかで、横泳ぎに似た横滑りの泳ぎ方を習得する。

その瞬間は、まさに「創造的瞬間」である。「時間の流れが一瞬止まり、ある空白の時間が流れた後、今まで自分を縛り付けていたフレームの力が弱まり、逆に内的な創造性や連想力が活性化される」(森俊夫「未来の想起」、現代思想、vol25-12)その瞬間だ。われわれにも、考えてみればそうした経験はある。それは、運動面ばかりではなく、思考面においても現れる。

その例を、わが国に流通革命を起こした中内功に見てみよう。創業当時のつい見逃してしまうような小さい経験、それが「創造的瞬間」となった。

ダイエーが当初目指したのは、「単品・大量・安売り」、いわゆる単品主義の道だ。中内の言葉を借りれば、「『だしじゃこ』と『スカート』を合わせて一番の販売量を確保しても妙味はない。『だしじゃこ』単品で一番を確保したい」ということになる。店の売り上げがいくら大きくなっても、それが食品や衣料品などの商品の寄せ集めの数字であっては意味がない。「だしじゃこ」という単品で最大の仕入れ量を確保することで初めて、仕入れ先から有利な取引条件を引き出しうるというものである。

この考えは、当時喧伝された「チェーンオペレーションの基本論理」である。特定品目に絞って、単品ベースで最大の仕入れ量を確保し、仕入れコストを下げる。その効果を十全に得るために、仕入れ機能を本部一カ所に集中し処理する、つまり「本部一括集中仕入れ」方式を採用する。この結果、商品の仕入れは本部が一括担当する。チェーン経営にはアメリカ発のこの論理が絶対不可欠だと、中内を含め、当時の研究者もコンサルタントも実務家も考えた。

だが、中内は、現実のダイエー経営においては、この論理には従うことはなかった。従うつもりなら、食品チェーンか衣料品チェーンか、限定された商品に絞ったチェーンづくりに特化したことだろう。そうではなく、逆に、総合的な商品の品揃えを図っていったのである。その結果誕生したのが、世界に類のないSSDDS(セルフサービス・ディスカウント・デパートメント・ストア)という業態であった。