仕事のポカを帳消しにする「涙」のこぼし方
ビジネスの世界でも、涙は両刃の刃だろう。
『涙は女の武器』と言われもするが、あくまで人によってのことだし、ビジネスシーンでは相手を困らせるだけの結果になりかねない。まして男の涙は「よりによって泣きやがった」と評価が低そうなことから、意地でも泣かないと決めている人が多いと思われる。
しかし、それは本当だろうか。その気になれば泣けるという技術を生かせる場面はないのだろうか。
あると思う。
先ほど、プロの裁判官に涙は通用しないと書いたが、それは裁判官が法律に則って罪を裁く職業だから。一般人が参加して行われる裁判員裁判では少々事情が違ってくるのだ。
裁判員に選ばれた6名は司法のプロではなく、大のオトナが泣く場面にも慣れてはいない。傍聴席にいても、被告人の涙に対してクールな人もいれば、身を乗り出して顔を見つめる人もいるなど反応は様々。気持ちのこもった反省の弁+自然な涙が、裁判の流れを変えることも可能なのだ。
裁判員裁判は、裁判員6名とプロ裁判官3名の計9名で判決を決めるシステム。執行猶予がつくかどうか微妙な裁判で、裁判員の5名以上がこのように思ったら、理論上はそうなる。
裁判員は何を基準に量刑を考えるのだろう。法律には詳しくない。一般的な良識だけで裁くのも抵抗がある。そこで加味されるのが被告人の反省度合いではないだろうか。
ベタな方法であろうと、大のオトナが大泣きする異様な光景は、それなりのインパクトを見る者に与える。ポイントとなるのは、被告人が悪い人かどうかではなく、再犯の可能性があるかどうかだと思う。
“ここまで反省していれば、二度と犯罪行為はしないだろう”
“この失敗を今後の人生に活かせるだろう”
“刑務所に送るより、一定期間、実社会の中で様子を見たい”
こんなふうに思えれば、再起に力を貸したいと考える人がは一定数いるだろう。
そう考えると、涙は捨てたものじゃない。