天才的な政治家、諸葛亮は「人の強さ」に着目した
流浪の劉備軍団を、帝国建設の精鋭軍団に劇的に変えた諸葛亮。
彼の叡知は、基本的に人の強さに着目し、人から強さを引き出すことをゴールとしています。諸葛亮自身が極めて強い精神力と抑制の効く頭脳の持ち主だったからでしょう。
【諸葛亮の叡知と人の強さを引き出す方法】
○組織のメンバーの力が、成果に直結する計画を創る
○集団からプラスの行動や意欲を引き出すルールや規範を設定する
○自ら模範となりルールを守る、えこひいきを一切せず自分にも厳しい
劉備が孫権と結び、その後自らの領土を得たとき、その報告を聞いた曹操は「思わず持っていた筆を手から落とした」と言われます。草鞋を売っていた極貧の少年が、一国の主となりみごと群雄の一角に成り上がったからです。
劉備と関羽、張飛などの一行は、赤壁の戦い以前から、全力で努力を積み重ねていました。しかし努力はそれが成果に結びつく手段(方向性)をえなければ、無駄に消えてしまうものなのです。これは現代ビジネスでも、無数の職場でも繰り返されていることです。
中学校、高校などのクラスで成績が良かった人たちが、20年後の同窓会で、同じような立場にいるかと言えばそうではありません。それは、その人の才能や努力を成果に結びつける場所を見つけたか、そうでないかで結果が決まるからなのでしょう。
1万の兵に匹敵する猛将、六韜の兵法を使うリーダーの劉備、人の強さを最大限引き出す天才政治家の諸葛亮。では、劉備軍団は天下をみごと獲ることができたのか。夢の実現を目指す彼らの前に、三国志で最大のダークヒーロー、魏の司馬懿(仲達)が立ちはだかります。
魏の司馬懿は、諸葛亮とことなり政治官僚としての活躍はほとんどありません。最前線での軍事指揮官として、謀略と兵法に精通していた司馬懿は、孔明とは真逆の戦略性を持つ人物でした。司馬懿は「人間の弱さを自らの武器」としたからです。