人を育てるには待つことが大切

4つのプロジェクトの1つだったアンモニア工場への新しい制御システムの導入でも、同じだ。

90年ごろ、学会に参加するために米国へいき、化学企業やシステム企業などを回った。すると、即座に「面白い」と思う制御システムに出合う。工場の部分、部分を制御するのではなく、全体を最適制御するソフトだ。いろいろ調べて帰国し、上司に導入への調査や計画づくりをしたいと申請し、3000万円を確保した。

工場の制御では、どこの数値をどう変えたら、温度や圧力、流量などにどんな変化が出るかを、きちんと把握しなくては危険だ。こちらでも実験を重ね、担当にはアンモニア分野の経験がない技術者を抜擢した。本人は驚いたらしいが、下に制御分野にいた2人をつけ、制御の世界を学ばせる。

実は、優秀なので前から目をつけ、いずれアンモニア課長にしたい、と考えていた。経験を積んだ分野は違っても、技術的に必要な思考さえできれば、人は育つ。制御システムを扱って合理化を図るというプロジェクトは、ちょうどいい経験になる、と踏んでいた。

「教學相長也」(教學は相長ず)――教えることと学ぶことは、互いに成長させ合うとの意味で、中国の古典『礼記』にある言葉だ。教えることは学ぶことに通じ、学ぶことがすなわち教えることになる、と説く。部下を育てつつ、自らも学び、その先へとつなげていく越智流は、この教えと重なる。

1952年10月、愛媛県新居浜市に生まれる。住友グループ発祥の地で、父も住友金属鉱山に勤めていた。一人っ子。金属の精製工場などで家族見学会もあり、よくみにいった。小さいころから生産現場に親しみ、化学工程に関心を持ったことが、大学進学の際の伏線にもなる。

新設の県立西条高校の理数科から京大化学工学科へ進み、就職先に三菱化成工業(現・三菱化学)を選んだが、最終面接で入社の意思を確認されたときに「もうちょっと勉強したい。大学院へいきたいので待ってほしい」と言って、内々定の形で大学院へいく。

77年4月に入社し、黒崎工場の製造3部アンモニア課へ配属され、アンモニアひと筋で歩む。設備の老朽化が進んでトラブルが頻発した際、経験不足の身を自覚。どこまでは部下に任せてよく、どこは自分で責任を持つかを明確に分けて取り組んだ。とかく問題の解決を急ぎたくなるものだが、人を育てるには待つことが大切、と学ぶ。冒頭のプロジェクトマネジャーになるまでの間に、「教學相長」の原型が出来ていく。

米国勤務や経営企画室長などを経て三菱レイヨンの社長になり、2015年4月に持ち株会社三菱ケミカルホールディングスの社長に就任した。すぐに社内報で、グループの役員や社員に呼びかけた。「1人ひとりが、あらゆる殻を破って既成概念を取り払い、『自分たちが社会のために何をすべきか、何ができるか』を考え抜くことが大切です」。

やれることは、もう全部やったなどということは、絶対にない。黒崎工場時代に得た確信だ。粘り強く、新たな道を切り拓くことを考え抜く。そのために学び、後輩たちにも教える。そんな「教學相長」を繰り広げていくには「夢」を持つことが必要だ。夢を実現するための具体的な案を考え、挑戦してほしい。そうも呼びかけた。

三菱ケミカルホールディングス社長 越智 仁(おち・ひとし)
1952年、愛媛県生まれ。77年京都大学大学院工学研究科化学工学専攻修了、三菱化成工業(現・三菱化学)入社。2007年三菱ケミカルホールディングス執行役員、09年取締役、10年常務執行役員。12年三菱レイヨン社長。15年より現職。
(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)
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