メンタルな面も標準治療化を

残念ながら日本では外科や内科と同じように院内に統合医療科があるという病院はほとんどありません。最大の壁は保険制度です。標準治療以外のことをしようとするとどうしてもお金がかかってしまうのです。もうひとつは統合医療についてのコンセンサスが得られていないということです。多くの医師は代替医療に対して否定的です。自分がやっている代替医療についちゃんと主治医に言えている患者さんは、全体の1割くらいではないでしょうか。アメリカでも多くの医師は代替医療には懐疑的ですが、最近は「あなたがいいと思ったらやってみたら」というオープンな医師が増えていると病院関係者から聞いています。

さらに勇気づけられる動きとして、アメリカにはAcademic Consortium for Integrative Medicine and Healthという学術団体があり、加盟する大学はすでに50を超えました。また、がん治療における統合医療を推進する拠点もハーバード大学、ダナ・ファーバー癌研究所(マサチューセッツ州)、MDアンダーソンがんセンター(テキサス州)、Memorial Sloan Kettering Cancer Center(ニューヨーク州)などの名だたる大学の医学部やがんセンターにできています。

10月にMDアンダーソンでの統合腫瘍学ワークショップに行ってきたのですが、鍼をはじめ、音楽療法、マッサージ、ヨガ、瞑想などの代替治療が提供されていました。こうした取り組みが個人病院やクリニックではなく、大学病院やがんセンターでおこなわれ始めたということに希望を感じます。日本でも、統合医療的アプローチの重要性に気づき始めている医師は少なからずいます。聖路加国際病院では、私も非常勤医師としてかかわっている腫瘍精神科を中心に有志でネットワークを立ち上げ、メンタルサポートについても標準化していくことを目指しています。

私は昨年、1年間休職して夫と2歳の娘といっしょに世界31か国をまわり、各地のさまざまな伝統医療や病院を見学しました。とても期待して出発したのですが、残念ながらどこにいっても「こんなにすごい治療をやっているんだ!」と目を見張るほど驚くようなことはありませんでした。シャーマンが不思議な呪文で人を直すといった興味深い場面も見ましたが、まったく見たことのないような治療をやっているところはなかったのです。むしろ驚いたのは、先進医療がうけられない地域の人たちの医療に対する満足度は低くないということです。

なぜだろうと考えてみるに、それは「治る」ことに過度に固執していないからではないかと思いました。「治る」ことに固執すると「治らない」ことが悪になってしまいます。日常において、やるべきことをやったらあとは起こるべきことが起こる、という人生の受け止め方できている人たちは強いと感じました。

ケリー・ターナー氏は、本の最後に「治療」と「治癒」の違いについて述べておられます。治療というのは「悪い所を取り除く」こと、「治癒」というのは「健康な状態になる」ということです。健康な状態とは、本来の自分と言い換えることもできると思います。私は統合医療についてお話しする機会があると、よく「医学」と「医療」の違いについての話をします。医学は再現可能で均一なものでなくてはなりませんが、医療には人によって違う組み合わせや方法があるのです。患者さん一人ひとりがBODY、MIND、SPIRIT(身体、心、魂)のすべてを動員して治ろうとするのを支えるためには、医療にも新しい標準が必要です。

原田美佳子(はらだ・みかこ)
ディポリス東京クリニック副院長。聖路加国際病院精神腫瘍科医師(非常勤)。がん患者と家族のQOL向上を目的とした患者会支援活動、及びがん心のサポートに関する啓発や情報提供を行う、聖路加病院腫瘍精神科スタッフを中心としたハートシェアリングネットワークの立ち上げメンバー。現在 特定非営利活動法人格取得の手続き中です。熊本大学医学部卒。日本外科学会元専門医。外科医時代に統合医療・心理療法に関心を持ち、アリゾナ大学で統合医療を学ぶ。同大学統合医療アソシエートフェロー。

 

(構成=プレジデント社書籍編集部)
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