患者さんの気持ちの持ち方とか生き方といったメンタルな部分が病気の予後に大きくかかわってくるという点は、私自身の経験からもとても腑に落ちます。ただ、患者さんにそれを伝えるのはそれほど簡単ではありません。「落ち込んで何も手に着かないということはないですか」「ご家族との人間関係はうまくいっていますか」などとそれとなく話をふると「じつは……」と話し出されるかたもいらっしゃいますが、そこでカウンセリングをおすすめすると「いえ、それは必要ありません」という人が多いのです。ご自身は、がんと言われてショックで一時的に落ち込んでいる状態であり、時間がたてば落ち着くだろう、だから自分には心療内科や精神科の受診は必要ないと思っておられるのです。

しかし、本書にもあるように、がんとわかってからの気持ちの落ち込みばかりでなく、それ以前の自分の生き方に向き合うことが大切です。9ファクターのなかにも「治療法は自分で決める」が入っていますが、治療法を自分で決めるということは、自分のこれからの生き方を決めることにほかなりません。治療を実践するステップの積み重ねが人生になっていくのです。

『がんが自然に治る生き方』(ケリー・ターナー著 プレジデント社)

一方で、生活習慣の改善を含めた治療法の選択には注意も必要です。厳格な食事療法で栄養失調に近い状態になってしまう方もおられますし、怪しい代替療法にはまって高額な商品を買わされてしまう方もおられます。自分で治療法をコーディネートするということは、決して簡単なことではないのです。情報収集力も医学的なリテラシーも必要です。地図もなく、現地の言葉もしゃべれないのに、自分で装備して何千メートル級の山を登るようなものかもしれません。せめて5合目までつれっていってくれるようなガイド付きのツアーがあるといいですよね。

がんの治療は、最終的にはメンタル、スピリチュアルな側面に取り組まなければ全人的とはいえないと思います。スピリチュアルというのは死生観にまつわることが多いです。医師として患者さんに接していて感じるのは「治りたい」と思うことは大切ですが「治る」ということに固執することかえってよくない場合もあるということです。病気を受けとめ、死の恐怖からご自身を解放し、周囲の人に十全の思いやりをもって接し、人生を全うされる患者さんを見ていると、治れば勝ちで治らなければ負けという単純な話ではないと感じることがあります。

とはいえ、いきなりその境地に行き着くことは誰にもできません。この本に出てくる人たちも、食事を変えてみたり、瞑想をやったり、いろいろ試しながら旅をするようにして、徐々に自己変容を遂げた結果、劇的寛解に至りました。私は統合医療というものを通じて、患者さん一人ひとりの自己変容の旅をサポートしていきたいと思っています。