全国初「食改さん」がバカ嫁の味方になった
しょくかいさん……。
平林村長と白沢さんが、地域の繋がりや健康づくりを語るうえで保健補導員の働きとともに何度か口にした言葉である。正式名称が、食生活改善推進員。敬意を込めた略称が「食改さん」。
保健補導員同様、食改さんもボランティアである。食改さんが所属する長野県食生活改善推進協議会は、1967年に保健所の栄養教室の修了者が集まり、全国に先駆けて設立された。2012年3月現在、長野県には20時間の講習を受けた4750人が、地域での料理教室や啓蒙活動を行っている。
1960年代半ば、長野は長寿県ではなかった。65年は男性が9位、女性の平均寿命は全国平均を下回る26位だった。
「長野県の死因の1位は脳血管疾患でした。県民の食生活や健康状態を定期的に調査し、食生活を改善する必要に迫られていたのです」と長野県の健康増進課長・吉沢正さんは県民の塩分摂取量の推移を示した。
1980年、長野県の栄養調査では主婦一人あたり1日15.9グラムの塩分を摂取していた。調査方法は異なるが、当時の全国平均は約13グラム。塩分の摂りすぎは高血圧や心臓病などのリスクを高める。このため県は81年から本格的な減塩運動をはじめる。地域の栄養士や保健師などが、味噌汁の塩分濃度の測定や薄味でも満足できる料理の講習会などを実施したのだ。このとき食生活改善推進員や保健補導員が大きな力になった。当時の農村には、まだ封建的な風習が残っていた。農家の嫁が塩分を抑えた味噌汁や漬け物を食卓に出すと、家族に「バカ嫁」と嫌みをいわれることも少なくなかった。だが地域のボランティアが積極的に呼びかけたことで、減塩が定着していった。
この結果、83年までに塩分摂取量は長野県の調査で1日11グラムまで減り、その後も同じ水準を保っていた。ところが2010年の「国民健康・栄養調査報告」では、成人の全国平均で男性11.8グラム、女性10.1グラムだったのに対し、長野県は男性12.5グラム、女性10.7グラムだった。吉沢さんは「長野県の目標は1日9グラム。あらためて減塩運動に取り組みたい」と語る。
長野県では、国勢調査などをもとに健康長寿に関係が深そうな要因を4つ挙げている。ひとつ目が全国1位の高齢者有業率である。次に男女ともに日本一になった1日あたりの野菜摂取量。長野県は農家の戸数、レタスやセロリなどの葉物野菜の生産量も全国一だ。3つ目が保健補導員や食改さんら健康ボランティアの活動。そして最後が保健師の数。人口10万人あたり69.5人は全国1位の割合である。
「長野県は町村合併が少なく、小さな村にも保健師がいます。それが人口あたりの割合が高くなった理由のひとつといえるかもしれません」
何よりも、と吉沢さんは続ける。
「医療機関による長年にわたる保健活動の努力、たとえば佐久総合病院の若月先生を中心に取り組んできた農村医療、予防を重視した取り組みの影響が大きいと思います」