ある地域では当たり前のことが、よその地域では新鮮に映る。「予防は治療に勝る」を実践する長野人の暮らしぶりとは──。
「世界一長寿」の村長野・松川の秘密
長野県安曇野市から国道147号線を北上して松川村に入る。<男性長寿日本一の村>。村のあちこちに看板や幟が掲げられていた。道路の左手に広がる平坦な土地に田打ち前の田んぼが並び、大きな家屋が点在する。その先に見える北アルプスの山頂から中腹は、まだ雪に覆われていた。
「長寿日本一を目指し、特別な取り組みを行ったわけではないんですよ」と松川村の平林明人村長は切り出した。
2013年7月、厚生労働省が市区町村別平均寿命を発表した。松川村の男性の平均寿命は82.2歳で1位になった。平林村長は「想像もしていなかったから驚いた」と振り返る。前回の結果では上位50位にもランクインしていなかったからだ。
長野県の平均寿命は男女ともに日本一。さらに高齢者の有業率が日本でもっとも高い。県民一人あたりの高齢者医療費の低さも在宅死亡の割合も全国トップクラスである。
長寿なのに医療費が安い医療実績は「長野モデル」と呼ばれる。また、死ぬまで元気に暮らす高齢者が多いためにピンピンコロリ(PPK)という言葉が生まれた。
だが、これだと言い切れる長寿のコツがあるのなら、誰もがピンピンコロリで天寿を全うできるはず。秘訣は、本当にあるのだろうか。
「自然が豊かで、毎日畑仕事をして、自分が作った野菜を食べている。人と人との繋がりも残っている。昔から続いた村の暮らしが長寿日本一に繋がったのではないか」と平林村長は長寿の理由をそう推測したが、どの程度の因果関係があるのか証明するのは難しい。調べてみると「蜂の子」「ザザ虫」「ゲンゴロウ」などの長野県独特の昆虫食や日本一の日帰り温泉施設の数などに長寿の由来を求める説もあった。
今年1月、平林村長は女性の長寿日本一の沖縄県北中城(きたなかぐすく)村を視察した。北中城村の気候は温暖で、住民の気質はおっとりしていた。ストレスのない暮らしが長生きの秘訣なのかもしれない、と平林村長は感じた。冬にもかかわらず北中城村にはヒマワリやコスモス、ナノハナが咲き、サクラは満開、ススキの穂も出ていた。春と夏と秋が一度に訪れたような景色を前に、平林村長は思った。
「農村の松川では冬の前に仕事を終えなければ、とのんびりしているヒマはありません。それが年をとっても体を動かす結果になり、健康長寿に繋がっているのではないか。ピンピンコロリの村を目指すにしても方法はひとつではないのかもしれない。その土地の風土や慣習などに合った方法を見つけるのが、健康長寿の第一歩なのではないでしょうか」