エビ養殖でイオン脱臭に出合う
片野は子供の頃からものづくりが好きだった。トヨタ自動車に入社後は板金関係の仕事に就いたが、その後、横浜の自宅近くにあったコンテナ修理の会社に転職した。輸送用のコンテナは一度使用されると修理工場に運ばれ、洗浄、メンテナンスを施して荷主に返される。荷主に信用されれば、安定した取引が続くビジネスだ。
片野は一通り仕事を学ぶと、1990年に29歳で独立。社員6人で片野工業を設立した。毎月数千本のコンテナを処理するようになったが、片野はその傍らで中古コンテナを改造したガレージや簡易事務所、防災倉庫、カラオケボックスなどを作って販売していた。
コンテナ修理だけでなく、輸出梱包や荷物の仕分け・検品・出荷業務も手がけるようになったが、円高で次第に注文が減っていった。
「コンテナだけでは景気や為替相場に左右され、仕事量にも波がある。社員を路頭に迷わせるわけにはいかないので、もう1本事業の柱がほしいと思っていました」
そんな片野に思わぬ出合いが訪れた。それは、2004年、仕事で出かけた静岡県の、たまたま入ったレストランでエビフライランチを注文したときのこと。
「30センチもあろうかという巨大なエビフライが出てきたのでびっくり。お土産として持ち帰り、社員に振る舞いました。こんな大きなエビを陸上で養殖できたら商売になるのではないかと思ったのです」
そこから片野はエビ養殖にのめり込んでいく。調べると日本でのエビの1人当たり消費量は圧倒的な世界一で、販売ロスも少なく、エビの成長が早いこともわかった。
ベトナムのエビ養殖場まで視察。だが、エビの排泄物や脱皮殻、餌の残滓などで、養殖地はヘドロ化していた。ひどくなると養殖地を移し、後はヘドロ沼として放置されていた。こんな環境破壊は許されないと片野は、コンテナによる陸上養殖を考えた。それならば環境も破壊せず、日本の食糧自給率向上にも役立つ。