「ファッション」で買う人はもういない
日本の熱狂ぶりに比べると温度差を感じるが、実際、同書が世界的ベストセラーになったのは英語訳版(累計50万部)が出版されてからである(※1)。みすず書房の担当編集者・中林久志さんは話す。
「うちが翻訳権を取得したのは火が付く前で、フランス語版の2カ月くらいあとでした。競合他社もなく宝くじを当てたようなものですね」
翻訳権の取得に動いたのは、同社が出してきた開発経済学の専門書で、しばしばピケティ教授への言及があったからだ。『21世紀の資本』の評判もフランスで出版される前から伝わっていた。中林さんは「宝くじ」と謙遜するが、丸善書店の石川さんも注目していたように、売れる本には必ず「目利き」が存在している。
「売れる確証があったわけじゃないですよ。アメリカで売れたからといって日本でも売れるとは限りませんし、類書がありませんから。やってみないとわからない、というのが正直なところでした」(中林さん)
当初、日本語訳版は2015年中の予定だった。ところが英語版に火が付き、スケジュールを前倒しした。このため翻訳は「原本」のフランス語版からでなく、英語訳版から行った。「フランス語の経済書を翻訳できる方は限られている」(中林さん)という理由からだ。
時宜を得た出版が功を奏し、まずはビジネスマンを中心に都市部の大型書店で売れ始めた。いまでは取引のなかった地方の小規模書店からも注文があるという。
一冊本ではなくたとえば上下巻の分冊にして、1冊当たりの単価を下げることは考えなかったのか。
「他社から手頃な解説本が出ることはわかっていたので、価格で勝負しても仕方ないかな、と。それにこの値段はうちからすると安い部類なんですよ」と、中林さんは笑う。
通読するのはかなり大変だ。知的なものへの憧れ、一種のファッションとして購入する人も多いのではないか。だが丸善書店の石川さんは私の疑問に首を傾げる。
「現代思想が流行った時期には、難しい本を買って読んだふりをする、という方もいたかもしれません。しかし今のお客さんは自分にとって必要でなければ買ってくださらない。ポーズとして本を買う余裕のある人はもういません」