2兆円払った後に“誤算”が発覚

ところが買収後、いきなり誤算が起きます。ボーダフォンユーザーにアンケート調査したところ「3分の1の人が解約する」意思であることが判明したのです。ゾーッと背筋が寒くなりました。その結果を見た瞬間は「あちゃー」と思いました。本当にそんなことになったら、赤字どころか大赤字突入です。とても経営なんか成り立ちません。そんな会社に2兆円払ってしまったわけです。

ここで、疑問を抱く人がいるかもしれません。なぜ買収前にアンケートをしなかったのだ。大金がかかるのだから、事前調査は当たり前でしょ、と。しかし、買収の交渉は当然、極秘裏に進めますから、今から買収しようとする会社を、上場会社のわれわれが「買収予定なので、ついてはアンケートのお願いを」などと現役ユーザーに正式に尋ねることはできなかったのです。

ならば、いっそのこと、番号ポータビリティが始まった後、解約が進んでからもっと安く買収するという選択肢を選ばなかったのか。確かに、それは一理あります。僕も通常ならそうします。でもこのときは、こう思ったのです。

「解約が大量に発生してしまった後に、買収して立て直すのはもっと難しい」「負ける戦いはしない」のが僕の信念。だから高いお金を払ってでも、まだ回復可能な局面で手を打たなければいけない。その状況判断が、僕に史上最大の大きなかけをさせたということでありました。

2兆円という買収金額は当時、世界2位という破格の規模でした。ただ、僕が経営者として重視していたのは、金額の大小ではなく、約1500万人の顧客を維持しながら、いかに増やしていくかということでした。

電話がつながりにくい。端末のデザインもボーダフォンの本国・イギリスで使われていたものをそのまま持ってきたものが多く、日本人のセンスには今ひとつフィットしない。コンテンツもNTTドコモやauのほうがずっと豊富で使える。ボーダフォンの評判はさんざんでした。極めつきは、そうした商品そのものの魅力の乏しさ以上に、携帯電話を運営する会社としての営業力や、マーケティング手法、ブランド構築力がひどく弱いことでした。