セリフなしでもOKになったシーン

高倉健が「気」を発する演技をすると、ときにセリフが出てこなくなる。わたしの調べた限り、ふたつの映画で、彼はセリフが出てこなくなった。

『八甲田山』(1977年 東宝)の最後の方のシーンだ。北大路欣也扮する軍人が雪中行軍の途中、凍死し、遺体となって自宅に戻ったシーンである。棺桶に入った北大路欣也を前に高倉健はひとこともしゃべれなくなった。セリフは台本にして2ページ近くあった。ところが、感極まった高倉は声を発することができない。森谷監督もセリフを強いることなく、シーンはそのままOKとなった。

『夜叉』でも同じことが起こった。かつて『ミナミの人斬り夜叉』と呼ばれた高倉健が久しぶりに大阪に戻り、親分の奥さん、つまり、姉御にあいさつに行く。

奈良岡朋子扮する姉御は「堅気になる」から、高倉健が組を抜けるのを許した。それなのに、高倉健は義理のために、ミナミで他の組の人間と渡り合わなくてはならない。姉御の前に出た健さんは、何かしら言わなくてはならなかった。ところが……。

ここでも感極まってしまい、セリフがひとことも出てこない。演出していた降旗康男監は高倉健のことをよくわかっているだけに、セリフなしでもOKとした。

高倉健が感極まったのは、大好きな女優、奈良岡朋子を前にしたからだと思う。(文中敬称略)

(山川雅生=撮影)
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