なぜか奈良岡朋子さんの演技を見ていた

高倉健は多くの俳優、女優と芝居をした。中村錦之介とは『宮本武蔵』(1963年 東映)シリーズ、『日本侠客伝』(1964年 東映)で、文字通り、火花を散らせた。池辺良とは任侠映画でつねに肩を並べていた。ビートたけしとは『夜叉』(1985年 東宝)で、緊張感みなぎる共演をし、『あなたへ』(2012年 東宝)ではふたりして脱力した演技を見せた。『あ・うん』(1989年 東宝)では三木のり平と屋台のシーンに臨んだ。珍しく、高倉健が食われた。三木のり平の達者な演技が目に焼き付いている。

それほど、何人もの一流俳優と共演したが、彼がいちばん好きだった女優は、奈良岡朋子さんではなかったか。

本人が語ったわけではない。しかし、『鉄道員 ぽっぽや』『ホタル』(2001年 東映)で奈良岡さんの出演シーンがあれば、高倉健は必ずそばにいて、じっと見ていた。自分の出番ではないにもかかわらず、奈良岡さんの演技を見つめていた。

『鉄道員 ぽっぽや』では食堂のおかみの役だった。奈良岡さんはケンカしている男たちに水をまいて、争いを止めた。私もそのシーンを見学していたのだけれど、きゃしゃな奈良岡さんが大声で叱りながら、バケツの水をまいた時は自分が叱られたと思って、首をすくめた記憶がある。その後、彼女は「もう一度、やりましょうか」と静かに微笑したのだけれど、あの迫力を見た私は「もう一度、撮り直してほしくない」と願った。二度と、あのこわい声は聞きたくなかった。それくらい迫力があった。

そのシーンの後、高倉健は奈良岡さんに向かって拍手していた。「気」が出た演技だと思ったのだろう。

同じことは『ホタル』でもあった。奈良岡さんの役は特攻隊員が通っていた食堂のおかみである。重要な役で出番も多かった。そのたびに高倉健はまぶしそうに彼女の演技を見ていた。