苦情窓口から宝の山を得る
ひとことで言えば、企業などの組織や私たちが住む地域における求心力の衰えである。組織的なヒエラルキー秩序の解体はネットワーク社会の利点とも言われてきたが、ここへきて、その弊害もまたはっきりしてきた。
まず従業員の企業への帰属意識、忠誠心が失われた。日本企業の特徴だった年功序列の終身雇用制は崩れ、グローバル化に対応する規制緩和で、別会社化、委託、派遣などの制度が急スピードで導入され、その余波として、たまたまありつけた企業の大事な情報を売って小遣い稼ぎをしようという誘惑に屈しやすい土壌も生じた。
企業や経営者の社会的責任への意識も薄くなった。17日の会見で原田泳幸社長がライバル社に自らの顧客情報が漏れたことに対して批判がましい態度をとったことに象徴されるように、会社全体に自分たちが教育ビジネスにかかわり、子どもたちの大事な情報を預かっているという意識が薄くなっているように思われる。原田社長自身、IT企業からファストフードチェーンを経て教育産業に転じており、教育が単なるビジネスの手段としてとらえられている。
これは何もベネッセ、あるいは教育ビジネスだけの問題ではないが、そういう企業体質のもとで、今回のような不心得者の犯罪を防ぐために、「社員教育を徹底する」、「企業モラルの確立を急ぐ」と叫んでも、あまり説得力はない。
そこで提案したいのが、サイバーリテラシー・プリンシプル(5)「謝罪や苦情の窓口を外注しない」である。
急遽、しかも短期間の約束で動員された派遣社員にやれることは、ただひたすら「頭を下げる」だけである。そしてとりあえず顧客の怒りが収まるのを待つ。あるいは「この件に関してはしかるべき部門で対応を検討しています」とマニュアル通りの応対をするしかない。彼らにはベネッセのビジネスについて深い認識があるとは思えない。これを機会によりよいサービスを提供しようという熱意も高くないだろう。「派遣」社員の性格からいって、当然の対応である。
こういう有事のときだけでなく、日常的に顧客からの苦情を聞くことは、実は、自らのサービス、あるいは商品の改善に向けて大きなヒントを得られるまたとない機会である。自らも製品やサービス開発にあたった人が応対すれば、それだけ得るものが大きい。マニュアルのシート片手に苦情を聞いて、とりあえずその内容をメモにして提出するだけだと、より核心に迫るヒントを聞き落とすだろうし、顧客を心底納得させることも難しい。外注問題が報じられたころ、ネットには「1時間我慢していれば、それ以上怒りを持続する人は少ない」といった、自らも派遣社員と思われる人の自嘲気味の書き込みもあった。
苦情窓口を別会社や外注に出すことは、みすみす宝の山を捨てる行為とも言える。原則としては、この種の業務は自らのサービスに誇りをもつ正社員が対面で行うのがいい。全国展開しているベネッセの場合、それが現実に無理で、また自社だけで対応できないとしても、最低限、それに対応する人間は長期に雇われた、それなりに教育に関心をもった人間であることが望ましい(そのためには従業員がちょっとした誘惑に負けないだけの待遇改善も必要になる)。
グローバル化における企業の求心力を高める方法は多様だが、さしずめこの辺から実践してみたらどうだろうか。