復帰後、かつての後輩のアシスタントに
法律で保障された産休や育休をとるのさえ、ひと苦労。育休を経て職場復帰を果たした木島さんを待っていたのは、かつて自分の後輩だった社員のアシスタントというポジションだった。
「後輩もやりづらかったと思いますし、私自身も『自分には何もできない』という考えがどんどん染み込んでいったというか……。復職後も時給制で、正社員時代とは収入もまったく違う。そのうえ、子どもを保育園に預けることに対しても『まだ小さいのにかわいそう』という声もありました。仕事も満足にできない、子どもにも申し訳ない。夫婦関係もうまくいかず、何もかもが自分の思うようにならない状況でした」
時短の壁に阻まれて抱いた「圧倒的弱者感」
そんな状況を変えようと、木島さんは転職活動を始めた。離婚も考えていた木島さんの条件は、正社員での就職。しかし、やりがいも適性も感じていた営業職での再就職を目指すなかで、厳しい現実に直面する。
「当時、入社直後から時短勤務ができる会社はほとんどありませんでした。実績やスキルの前に、まず応募要項の条件をクリアできない。営業職を希望していたのですが、10社ほどに断られました。もう、圧倒的な弱者感がありましたね。そうするうちに『どうせここもダメだろう』と、応募する前から諦めるようになってしまって。どんどん自分で可能性を狭めていったんです」
転職活動の末に出合ったのが、妊娠・育児を支援するアプリを手掛けるベンチャー企業だ。
「そこは完全な成果主義で、結果を出せば働き方は自由だと言ってもらえたんです。もう営業職にはこだわっていられなかったので、正社員になれるなら何でもやります、と。未経験の業務も必死で取り組みました」
任されたのは、総務や人事、広報など、会社の運営を支えるさまざまな業務の立ち上げだった。自ら調べて業務の仕組みをつくり、専任の担当者が採用されると引き継いで次の業務に取りかかる。そんな日々が3年ほど続いた。
しかし、企業の基盤ともいえる仕組みを次々に構築してしたものの、その経験が木島さんの自信につながることはなかったという。
「何をやっても広く浅くで、専門性が身についたという実感がなかったんです。知識も経験もないところから、なんとか業務を立ち上げる。でも、専任の担当者が入ってくれば、当然その人のほうが詳しくて、仕事もどんどん改善されていく。自分は何をやっても中途半端で、何者にもなれない。そんなふうに思っていました」

