しかし、(b)もう1つの理由というか、別なことを考える人たちもあります。その代表が「安楽死を法制化して、社会問題の解決を」と考える人たちです。しかし、これはまともな理由になりません。
だって、安楽死というのは患者のためのものだからです。「安楽死を法制化して、社会問題の解決を」という主張は、この大前提を外れてしまっているのです。それは名目だけ安楽死だけど、実質は殺人だということになります。
法律を安易に作れば、ほぼ確実に悪用される
では、安楽死の法制化に反対する理由はあるでしょうか。
(a')1つには、現状でも完全に禁止されているわけではないので、わざわざ法律にしなくてもいいってことです。これは、いわば消極的な理由です。だから、これだけだとちょっと弱い。さっき見た(a)の意見が浮上してくるからです。
では、(b')もっと積極的に「安楽死を法制化してはいけない」と言える理由はあるでしょうか。それは、法律を作るとそれの裏をかこうとする人、つまり法の抜け穴を探そうとする人や、法律の目的を逸脱して法律を利用しようとする人が出てくることです。
もし安楽死を合法にしたなら、病気で働くことができない人に対して「社会の役に立たないのに、あなたは生きていていいのか? 死んだ方が世の中のためになるぞ。安楽死すれば?」などと言う人が出てくる危険性があるからです。
講義でも、そういう意見が出ることもあれば、そうした意見のあやうさを心配する声もあがってきます。そうでなくとも人を「社会のお荷物」扱いするような間違った風潮が我々の社会にある以上、安易に法律を作ってしまうと、ほぼ確実に悪用されるでしょう。
法制化した国・オランダの惨状
それと、こうした心配は、よその国を見るとなおさら深まります。というのは、安楽死を合法にした国、例えばオランダなどではかなり悲惨なことになっているというレポートがあるからです(→参考文献:児玉真美※1)。
「苦しむ患者のための安楽死」という建前で、多くの人が安楽死ないし自殺をさせられて、後は臓器移植の材料にされる……と言うと、ちょっと脅かしすぎな気もしますけど、やっぱり十分に考えられることです。
言うまでもなく法律は大事。だけど重要なのは、法律に書いてあるか以前に、道徳的・倫理的にどうなのかという判断です。法律は、いったん作ってしまうと「法律に書いてあるんだから」という理由だけで実行されがちだという大きな問題点があります。
つまり、法律は我々が倫理的な判断をする手間を省くと同時に、判断する機会を我々から奪うこともあるのです。だからこそ、まずは倫理的な観点から考える必要がある。
というわけで、一回りしたところで、安楽死についてはここまで。
※1 児玉真美『安楽死が合法の国で起こっていること』ちくま新書、2023年……著者自身が安楽死法制化に慎重な立場であることには留意すべきですが、実際に安楽死が導入されるとどうなるかを、先入観、感情抜きに見ておくことは大事だろうと思います。
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